2020/04/21

『スピノザ『神学政治論』を読む』 上野修 ちくま学芸文庫

非常にためになった。時代背景がわかり、『神学政治論』の意図がよくわかる。

大前提
神学者とデカルト主義者との、「神学と哲学の分離」についての論争があったいう。
デカルト主義者は「真理は真理に矛盾しない」のだから「自然の真理」が「聖書の真理」損なうことはない、という折衷案がでたが、これに問題がおこる。聖書の不可解な記述、例えば悪魔や復活など。聖書を哲学の真理に矛盾しないように読むことができない、となる。
『神学政治論』で呼びかける「哲学的読者諸君」とは、動揺するデカルト主義者のこと。
保守派が主張する、なんでも自由でいいのかという問に対して、スピノザは答えとして『神学政治論』を書いているという。
考える自由、そして敬虔も平和も損ねない、それを証明する。聖書に根拠に証明していく。

二つの聖書解釈
聖書の記述には不可解なところが多いが、それに対し神学者はスピノザからすれば狂気に似た解釈をしている。矛盾している箇所をアクロバティックに解釈したり、不思議であれば不思議なほど真理だとか思いたがる。
または、理性では解釈不可能な事柄に対してはメタファーとして扱う。もしくは理性で判断できない場合、筆写ミスであるから修正すべきとなる。しかしこれだと神学者は許さない。

スピノザの聖書解釈
スピノザはどちらの立場もとらない。
スピノザは、聖書は実証的に、考古学的に、歴史的に解釈されなければならないという。解釈は秘儀ではない。聖書に真理を読み取ろうとしてはいけない。
聖書には不可解な記述があっても、それを超自然的な光で解釈してはならない。また哲学的真理も述べているわけではない。そもそも預言者は知識人だとかに啓示を与えたのではないのだから。
スピノザ場合、預言を言語行為として解釈している。上野さんはここで、「普遍的信仰の教義」を万人が知っている「文法」にたとえている。隣人を愛せ、とは聖書から抽出される教えであるが、それは聖書を隅から隅まで知らなくても、読めなくても、すべての人が納得することである。信仰においては、神学の問題は無用となる。各人が神をどう思い描いていも、正義と愛を実行している人は、論理的に教義を信じていることになる。信仰には服従と敬虔以外いらないとなる。
「預言者の得た確実性は「言われていること」の真理にではなく、かく「言うこと」の倫理的かつ文法的な正しさのみ存する。だから真理を教えることは聖書の目的ではない」(58)
上野さんが言う「文法」というのは、ニュアンスとしては「方便」みたいなものか。でも、方便とも違う。

自由は平和を毀損しない
愛や正義といった「敬虔の文法」は自然状態の人間には期待できない。だから第三者である最高権力が必要となる。
ヘブライ国家にとって啓示は法であたが、ヘブライ国家が消滅した後、法的効力はなくなり人びとの権利は国家に移譲されている。だから何が正義や何が敬虔かも決定する権限は共和国の最高権力が有する。
人は服従することで臣民になる。そして臣民はつねに最高権力に恐れを抱いている状態で、としても最高権力は人心を離れさせるようなことはしなし。恐れから怒りに変わると国の危機となる。
自由を抑圧すれば、ヒーローが生まれる。人びとは国に服従しなくなる。思想言論の自由はゆえに平和を損なうことはない。

『神学政治論』への批判
『神学政治論』を批判したのは、哲学の自由をうたうデカルト主義者であった。その一人、ランベルト・ファン・フェルトホイゼンは『神学政治論』を偽装した無神論ととった。これはおおいにわかる。『神学政治論』でスピノザは神を否定していないが結論は、宗教はしょせん無知な人間を方便で導いてやるといったものになっているふしがある。
「啓示宗教は真理を教えない。
信仰は無知であってかまわない。
よって、真理を知る者は宗教と信仰を肯定する。」(88)
この論理は、やはり理解しづらいところでしょう。上野さんはスピノザの上記の論理をこう説明する。モーセを含めヘブライ人はなぜ神政国家がうまくいているのか無知であった。啓示は真理ではなく命令や訓戒として理解されたのであり、神の律法として命じられた。神政国家は欺瞞や策略ではなく無知によって成立っている。無知でも普遍的な真理である正義と愛は守られればよい。

やはりスピノザの聖書解釈は方便でしょう
下宿のおかみさんの逸話。ある日おかみさんから、いまの自分の宗教で救われるかと問われた際、
「あなたの宗教は立派です。あなたは静かに信心深い生活に専念なさりさえすれば、救われるために何もほかの宗教を求めるには及びません。(100)(リュカス/コレルス『スピノザの障害と精神』)
んー、上野さんはフェルトホイゼンのような立場をとりたくないようだけど、やはりスピノザのどこか高みの見物的な姿勢は拭えないでしょう。じっさい、無知な人間には宗教が大事で、無神論はおすすめしませんっていう知識人特有の選民思想です。非常に共感はしますけどね。

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