2020/07/31

『選択の自由――自立社会への挑戦』 ミルトン・フリードマン、ローズ・フリードマン/西山千明訳

フリードマンの経済思想は有名なのでなんとなく知っていたけど、読んでみるとなかなかいい。
日本では政治や行政への不信感が強いにもかかわらず、なぜかお上が言うことを変に信じてしまう傾向がある。政府や行政が決めたことが、なぜか「信用」になっちゃうんだから、どうなっているのか。
政府が万能であればいいけどそういうわけではない。
とくに有事になれば人間の判断力では予測できない事柄が常に起こるし、コントロールなんかもできない。戦争中の政府だって、基本的に手探りで戦っていて、どの国家の政府も「きちんと」なんか対応できないもの。
日本では、東日本大震災やコロナ騒動で十二分にわかったことで、別に政府が悪いというのではなくて、単に人間なんてしょせんそんなもんだということでしょう。
有事で敵に勝つには、どれだけ失敗を抑えることができたか、で決まるという。人間の認知能力や判断能力を過信してはいけないのですね。

産業の保護という愚策
ぼくは職業柄、日本のエレクトロニクス業界なんかでも仕事してるが、経産省の多額の税金が補助金として企業にぶち込まれる。それも日本では斜陽な事業に対して日の丸産業として維持しようとして。
でも、僕が知る限りではそういうのは全て失敗している。例外なく。それでぼくの飯の種の一部ではあるが、ふざけてるなと思うわけです。
フリードマンが本書で述べているように、経産省や企業側の言い訳は、雇用を守る、技術を守る、安全保障のためといったもので、でも最終的には頓挫する。
10年ぐらい前か、SAMSUNGががんがん世界で営業をし始めたとき、日本でも政府と一丸になって日本製製品を世界売り込もうとする機運があった。SAMSUNGの強みは、韓国政府とSAMSUNGが一枚岩になって世界へ進出しているから云々と言われていた。
でもですね、日本では国の援助がほとんどない状況でエレクトロニクス製品が世界を席巻した時代があったわけで、日本企業が韓国企業に負けていくのは時代の流れなわけですよ。国と一体になってやればいいだなんて、その残骸が日本でどれほど多く散らかっているか。どれだけ国と一緒にやることで流動性もなくなり、技術革新が遅れていったか。
こういうことでも、政府が市場に参入することがいかに駄目であるかがわかる。

関税の撤廃
いつの時代もそうなのかあと思う。関税が必要かどうかってのは結構難しい問題のようだけど、実のところは
どのグループも利己的な利益をむき出しに主張したりはしない。どのグループも例外なしに「公衆の利益」のためといったことや、国家の安全保障を促進するためにとか、雇用を意志しなければならないからといったことを表向には掲げる(66)
ああーそのとおりだ。ここでも産業を保護する名目で使われる言い訳と一緒だ。
米や乳製品の関税が日本は高い。いかがなものかと思う。結局これも産業を守るのではなく、単に利権を作っているにすぎない。
外国産の食品が日本に大量に入ってくれば、さらに日本の食文化は豊かになると思うのだけどね。関税が消費者の利益を損ねているのは明白です。
小野善康さんなんかは、関税を撤廃してそれで損害を被る業界には現実的な対応策として補助金をだす、という。これもありですね。

社会保障は倫理的か
社会保障についてはフリードマンはほとんどを否定する。おもしろいことに、社会保障制度が人間の倫理にも影響することを述べていることで、実際のところ日本では社会福祉は政府がやるものだという意識が強くって、保障されても、まだ足りない、もっとよこせ、という結果になってしまっている。
本書で提案されている「負の所得税」は、ベーシックインカムよりもいい制度だと思うし、ベーシックインカムの考えとも矛盾はしない。
求められる平等とは何なのか。それは「機会の平等」であるべき。「機会の平等」とは、「能力に応じて開かれている人生」というもの。ただ「結果の平等」が声高に叫ばれる。
誰が「公平」を決定するのか。生産物でそれが決定されないとするならば、何で決まるのか。こういう状況で職業の選択にどんな意味があるのか。
誰をどの職業につけるか、誰かがそれをやれば、それは脅迫でしかない。
「公平な分け前」という理念の先駆でもある「すべての人にその必要に応じて」という理念と「人格的自由」の理念との間には基本的に矛盾がある(217)
個人の決定に対して政府の介入が増えることを許容すれば、個人の自由は侵害され、責任もとれなくなる。家が洪水にあってそこに補償することは、その人が自己の責任においてその土地を選び、家を建てた自由と責任を侵害することになる。
フリードマンの指摘で示唆的だったのが、「平等」を求めている社会では犯罪率が高くなるというもので、というのも誰しもが個人の倫理意識が低くなり、法が軽んじられるようになる。また社会も低迷する。結果が同じならば何もしないにこしたことはない。

他人が他人のために使う
社会保障を自由という観点からとらえ直すべき。
上位90%が底辺の10%のために課税を投票でももって受け入れることと、上位10%に課税して底辺10%を助けることを80%の人が投票で決めることは、「自由」という信念からは支持できない。他人のために他人の金を使うことは、「自由」を侵害している。
まず隗より始めよ。
他人の金から徴収することをする前に、自らの所得と周りの水準を考えて、水準以上のものは誰かに自ら分配にまわせばいい。もしそんなことしても大海の一滴でしかないと考えるならば、それは他人から徴収しても各人の分担金も大海の一滴にすぎない。それに自らの選択でどこに寄付するかを決めるほうが価値があるだろう。
自発的に行うのと強制的に行うのでは、社会の構造が異なり、そして各個人の倫理も異なる。
なるへそ。
ぼくはリベラリストだけど、「リベラル」ではない。ぼくがいつも「リベラル」に感じる違和感の一つがこのあたりで、彼らは概して政府に何かしらの補償や援助を求めがちだが、でもなぜ個人レベルでそれをやらないのかが不思議だ。
確かに個人の寄付だなんて雀の涙かもしれないが、やるべきだとつねづね思っている。んで、ぼくの知っているある程度所得水準の高いインテリリベラルは、誰も寄付をポケットマネーからはしない。
大学教授より所得がぜんぜん低いぼくですら、たいした金額ではないが寄付や援助をしているというのにだ‼ ふざけたやろうだよ。

政府の非効率性と権威
行政が引き起こす悪影響は、担当している役人が悪いわけではない。一人ひとりの役人は有能であり献身的であるが、社会的、政治的、経済的圧力が省庁の運営を及ぼす。だからよく言われる役人悪人説や役人個人への非難はあまり意味がない。
問題は「制度」にある。
「市場の失敗」は起こるが、それを改善できるのが政府であると考えるのは誤っている。被害や利益の評価をなぜ政府が正当にできると思えるのか。
深刻な害を及ぼす、予期しなかった副作用を起こす薬を認可を与える場合、多くの命を救うし副作用がない薬を認可しなかった場合、前者を犯せばバッシングにあるが、後者をしても世に知られないので問題ない。認可制は政府のお墨付きを与えるため一気に広がる。もし認可制でないならばゆっくりと広がり、またその過程で副作用がわかるので、被害も少ないだろうと。
また、あらゆる職種で免許制があり、その言い分は「消費者を保護するため」というが、そんなわけがない。
商品の信頼はどこで担保されるのか。それは消費者が判断する必要はない。小売業者が個別で商品の質を判断できる。品質の保証してくれる機関でもある。

限定的な政府の役割
自由市場資本主義は、持たざる一般大衆に豊かさをもたらした。
貧弱な製品やサービスのすべては、政府や政府の統制下にある産業によって生産されたものだ(306)
例として、郵便、鉄道、学校を上げている。
高等教育の必要性は国家の利益と一緒に論じられたり、労働生産性やイノベーションなどいろいろと語られる。これらは主張は正しいが、「高等教育に対して政府が助成金を与えることを正当化するような打倒な理由はけっしてない」(285)と言う。だからクーポン券であれば、納税者も自ら学校を選択できるようになり、税金と私立学校への費用という二重の重荷を背負わなくてもすむ。
貧困者に不利だというが、貧困者だって子供によい教育を受けさせたいと考えて、より良い選択自らできればいいし、多少出費が増えてもそれを払ってでも質の高い教育を受けさせる機会を奪うべきではない。

政府の市場への介入は許すな
政府はあんまり口出ししすぎると碌なことがない。
供給過剰を起こすならば、「政府にその財貨の最低価格を設定させ、この最低価格の水準をそうでない場合に発生したに違いない価格の水準より高い水準に置くようにさせればよい」(348)
供給不足お起こすならば、「政府にその財貨に対する最高価格を立法化させ、その価格がそうでない場合に発生したであろう価格の水準よりも低い水準になるようにすればよい」(348)
多くのことで、これはまかり通っていて、労働者の賃金にもある。最低賃金だ。しかしフリードマンはこの最低賃金を批判する。
最低賃金の設定は、弱者への二重の差別であるという。雇用者は高い賃金でスキルのない労働者を雇うことはしない。だから結局、弱者に労働市場が開かれない。
そして労働者の権利を謳う労働組合たちも勘違いしている。
ほんとうのところは強い労働組合がその組合員に対して獲得する賃上げは、主として他の労働者の犠牲においてである(371)
賃上げは必然的に就業人数を減らすことになり失業率を上げることになる。

結局は、みなさん、自分の利益しか考えていないわけで、ある意味「自由」に自らの利益のために動いた結果、利権やくだらない法律、規則が生まれていく。
フリードマンが言う「自由」を守るのは非常にしんどいことであるのがわかる。



2020/07/24

『俺の妹がカリフなわけがない!』 中田考 晶文社

これを中田さんが書いている事自体が驚き。

野蛮な西洋の物質主義を粉砕しアジアを解放しなければならない。東洋の深遠な精神文明、民族と宗教の自治を認める多元的イスラーム法に基いて共存共栄王道楽土。んー甘美ですね。
愛紗がカリフを宣言して生徒たちを結婚させていくが、これがなかなかいいですね。
小津安二郎の映画なんかも、自由恋愛での結婚に反対、というかアンチテーゼを提示している。夫婦なんてお茶漬けの味だとかね。家族、夫婦というのは育むものなのです。
「結婚なんて理由はどうでもよいものです。取り敢えず手近なところで空いている者がいれば、順にくっつけていけばよいだけ」(230) 
「恋人と呼ばれる遊び相手を手に入れて《リア充》と呼ばれるこのシステム呪縛を逃れ、それより生まれた運命を受け入れるように、縁があって隣りにいる誰とでも半永続的共生関係になることを淡々と受け入れる結婚システム、人を幸せにする」(231)
衣織と田中が結婚して一緒にお弁当を食べるようになり、周りの生徒たちは、スクールカーストという呪縛から解放されていく。
ぼくらは知らず知らずに主体を見失っているわけです。フーコー的に言えば規律訓練が身に沁みていて、自己に配慮できていないわけです。
愛紗は主体を堅持しているわけで、だから
「ボッチになって、しょげている愛紗なんて、想像できるか? そもそもいきなり独りでカリフ宣言をして、自分のボッチ仮想空間を、この教室内からわざわざ15億人のイスラム教徒にまで広げた奴」(200)
となる。
JKがカリフになてもいい。なっちゃいけないなんていう常識を脱し自由になれ。でも自由ではない。限界がある。それに気づくいて諦めも悟る。
「日本人の女子高生だってカリフになれる。女子高生がカリフにならずして、何が自由だ、何が無限の可能性だ、何が夢だ?!」
ある種の極論ですが、そのためかえって現代日本の病が明確になる。

その他でもところどころでいいことが書いてある。
このコロナの中、イスラームがいかに日本の愚民どもを開眼できるか。所詮愚民だから無理だが。
「天地の主権は神に属します」
だからこそぼくらの移動は何人も妨げることは出いないのだ。


「主は仰せです。『たとえ堅個な要塞に籠もっていようとも死はお前たちを掴む』そこに居ようとも死ぬ時は来れば避けることは出来ないし、時が来なければ死ぬことはできないのですよ……」
ぼくら現代日本人はいつのまにか、くだらない死生観をもち、死を蔑みすぎている。黒澤明の『夢』は絵画的すぎて微妙なところもあるけど、「水車のある村」で笠智衆率いる村人たちが死者を音楽と踊りで見送るところは素晴らしい。嘆き悲しむではなく、喜びをもって送るのです。


「複雑性の縮減こそヒトが生きる宿命です。」
そうなのですね。ぼくらは複雑な事をあまりに無批判に受け入れすぎている。現代では情報が価値をもち、情報に遅れることに強迫観念をもたされている。そしてぼくらはせっせと新聞やテレビ、ネットをみる。答えはそこにないにもかかわらず。


「愛があっての恋人であり、なくなれば恋人ではないのです。恋人であるかないかは愛の《有》《無》による事実です。《事実的》なものである恋人同士に《抗事実的》な規範システムの一部である権利、義務は本来なじみません。でも田中君が、《恋人の権利と義務は?》という虚偽問題に、愛すること、浮気しないことと答えたように、恋人にも権利や義務があるとの漠然たる想いが社会に広く共有されているようにみえます」
無いときに《ある》という、抗事実的に《ある》と信じられること、それこそが権利と義務の本質であるという。んーいい感じ。


「虚偽による支配の権力関係、それこそ、不正な偶像崇拝の本質、スクールカーストとはそのようなものに思えます。」
にゃるほど、偶像崇拝がなぜダメなのかがよくわかる。

2020/07/23

『夢遊病者たち 1――第一次世界大戦はいかにして始まったか』 クリストファー・クラーク/小原淳訳 みすず書房

んーほとんどの登場人物に馴染みがないから、誰だよこいつとなってしまう。この手の本ならば、主要な人物の一覧を載せておくべきです。一冊が高い本なんだから、それぐらいの労はとるべきでしょう。あとないものねだりながら、年表がほしかった。
第一世界大戦については教科書的なことしか知識がないので、調べながら読んでいたら結構時間がかかるが、よい復習にもなった。
この本のいいところは、第一世界大戦までの国際情勢が学べることで、新説を学べるかというと、日本人の多くは第一次世界大戦の世界情勢に疎いはずだから、新説も何もないわけで、一九一四年のサラエボ事件がどんな理由で起こったのかも日本人は詳細を知らないから、従来の説もなにもない。つまり日本人の場合、この本から第一次世界大戦を知る場合、これがスタンダードになる。
ふつう全体的に第一次世界大戦、第二次世界大戦でドイツは常に悪者として描かれることが多いかとも思うが、それがいかに偏っていたのかがわかる。もしかしてこれは歴史修正主義なのか! 著者のクラークさんはオーストリア人だし、日本の百田尚樹的存在なのか? とまあ歴史修正主義というレッテルは、非常に使い勝手がよくて便利。気に入らない学説には「歴史修正主義!」といえば簡単だし。かつての「封建的!」という言葉みたいな。
まあそれはいい。
本書ではサラエボ事件を焦点に合わせて、外堀を埋めていく。これから下巻を読んでいくが、なかなかいい構成だと思う。混沌とした国際情勢だけでなく、各国の民族主義や帝国主義のうねり、それが収斂していく点がフェルディナント大公へのテロとなっている。そしてこれがヨーロッパの没落を招く。

主な登場人物【書きかけ。。。。】
セルビア
  • アレクサンダル1世:セルビア王。オブレノヴィッチ家。1903年6月、クーデターにより王妃ドラガとともに銃殺されて窓から投げ捨てられる。本書では窓から投げ捨てられる際はまだ生きていて欄干に手を掛けたりしたが、切り刻まれて死亡。このクーデターはベオグラードでは冷静に、満足に受け入れられたという。
  • ペータル1世:カラジョルジェヴィチ家。アレクサンダル1世が殺されて、セルビア王になる。ミルの『自由論』をセルビア語に翻訳するほどの信奉者だった。残念ながら、クーデターを起こした者たちの傀儡となる。
  • ミラン・ノヴァコヴィッチ:
  • ディミトリイェヴィッチ:「アピス」という名ももっており、アレクサンドル・オブレのヴィッチの三冊の指導者。セルビア王国軍人で民族主義者だった。すでに1903年春には「タイムズ」にもクーデターの噂を報道していよう。国王暗殺に関わった者たちは、その後の政府、宮廷で影響力をもつようになる。
  • ニコラ・バシッチ:建築技師だったバシッチは急進党の指導者として第一次世界大戦簿発までセルビア政治の強力な勢力だった。小農たちの支持基盤にもつ急進党を率いて1883年ティモク反乱を起こすが失敗しブルガリアに亡命。その後ミラン退位の際に恩赦となり、首相にもなるがミランとの確執で辞職、そしてサンクトペテルブルクに特別公使として派遣される。バシッチはロシアの後ろ盾をもってまたクーデターを企てるが、失敗し獄中へ。アレクサンドル1世は処刑しようとするが、オーストリア=ハンガリー政府から講義のため救われる。しかし、そうとは知らず暗殺計画の認めてしまい、アレクサンドル1世の暗殺まで政治から遠ざかることになる。
  • ミロヴァン・ミロヴァノヴィッチ:セルビアの外相。穏健派で過激な民族主義を抑制していた。公的な場では「ボスニア・ヘルツェゴヴィナの解放」などを叫び、「戦い」を主張している。
  • ガヴリロ・プリンツィプ:サラエボ事件を起こす。民族主義の英雄。
  • ミラン・シガノヴィッチ:フェルディナント大公のテロを手引した。
  • ボグタン・ジェライッチ:「統一か死か!」とナロード・オドブラーナに加入。オーストリアのボスニア提督に対する自殺テロをするが銃弾は全部はずれ、最後の六発目で自殺をする。死後、ヴラディミル・ガチノヴィッチの『ある英雄の死』によって英雄となる。
イギリス
  • エドワード・グレイ:曽祖父はアールグレイの名前のもととなった人物。もともと政治に興味がなかったが、ハーバート・アスキスとR・B・ホールデインとともに「レルーガスの盟約」を結び、内閣の要職を占めた。
  • ヘンリー・アスキス:1908年に首相となり、ロイド・ジョージとチャーチルとともに内政改革を行う。ドイツとの軍拡競争を行う。
  • ロイド・ジョージ:アスキス内閣の際には財務大臣。1916年、アスキス退陣後に首相になる。
  • エドワード七世:在位1901年〜1910年。
  • ジョージ五世:在位1910年〜1936年。
ロシア
  • ピョートル・ストイルピン:1906年〜1911年に首相。ゴムレイキンの後任。
  • ウラジーミル・ココツェフ:ゴムレイキン、ストイルピン内閣で財務大臣。
  • アレクサンドル・イズヴォリスキー:1906年〜1910年で外務大臣。その前には駐日大使。ボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合でオーストリアと争う。
  • サザーノフ:
フランス
  • ジュール・カンボン
  • ジョゼフ・カイヨー
  • テオフィル・デルカッセ
  • レイモン・ポアンカレ:1913年に首相。イギリス、ロシアと積極的に協力関係を結ぶが、ロレーヌ地方出身のためドイツに対しては不信感をもっていた。
  • アレクサンドル・ミルラン:社会主義の政治家として労働問題などの内政をやっていたが、ポワンカレの親友であったため陸相を務め、軍の統制を自由化し、わらに軍国主義的精神を広めた。
ドイツ
  • ベートマン・ホルヴェーク
  • ベルンハルト・フォン・ビューロ
  • ベルヒトルト
  • レーオ・フォン・カプリーヴィ
オーストリア
  • エーレンタール
  • ホーエンローエ
  • フリードリヒ・フォン・ホルシュタイン
  • フィリップ・ツゥ・オイレンブルク
  • ブロシュ・フォン・アーレナウ
  • ヴィルヘルム・フォン・ホーエナウ
  • アドルフ・フォン・ビーベルシュタイン
主な事件【また書きかけ。。。。。】
  • ハルデン=オイレンブルク事件
  • タンジール事件
  • アガディール事件
  • デイリー・テレグラフ事件
年表【これも書きかけ。。。。。】
1894年:露仏同盟
1904年:英仏協商
1904年2月~1905年5月:日露戦争
1905年3月:タンジール事件(第一次モロッコ事件)
1907年:ハルデン=オイレンブルク事件
1908年8月:青年トルコ革命
        ブルガリア独立
1911年7月~11月:アガディール事件(第二次モロッコ事件)
1911年9月~1912年10月:イタリア-トルコ戦争
*ローザンヌ条約:トリポリタニア・フェザーン・キレナイカをイタリアが獲得。バルカン戦争のために急遽ロシアの後ろ盾で終結させる。
1912年10月:第一次バルカン戦争(ロンドン条約)
1913年6月-8月:第二次バルカン戦争(ブカレスト条約、コンスタンティノープル条約)
1914年6月:サラエボ事件

そのほか項目【本当に全部まとめきれるのか】
  • 「統一か死か!」:「黒手組」として知られ、アピス他王殺しに関係者によって設立された。全セルビアの統一を目指す過激な民族主義思想をもっていた。
  • 急進党(セルビア):立憲主義とバルカン半島の統一
セルビアの亡霊たち
ミラン・ノヴァコヴィッチ大尉は王殺しに異議を唱え、アピスらの解任を求めるなどしたが不可解な死をとげる。ベオグラードは1914年まで情勢が不安定であった。
ロシアはボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合をオーストリアに進言する。オスマン帝国とロシアとの確執もあったし。それでセルビアは抗議したいけど、ロシアがつくわけがない。
バルカン戦争によってセルビアはコソヴォを含め領地を拡大する。これらの土地のセルビア統治は差別と不平等をもたらしイスラームの文化財の破壊もおこなわれた。
バルカン戦争後、セルビア政治は再び穏健派と過激派に分かれていく。アピスはフランツ・フェルディナンド大公を標的にする。フェルディナンドはスラヴ地域に自治権をする改革を支持していたが、それだとセルビアの過激派からすれば、大セルビア統一という夢は果たせなくなる。そのため過激派の真の標的は穏健派となるのは世の常。
テロの実行者は、トリフコ・グラベジェ、ネデリコ。チャブリノヴィッチ、ガヴリロ・プリンツィプだった。
この計画を手引したのが、ミラン・シガノヴィッチで、かれは黒手組であり、彼らの射撃の訓練などもおこなったという。
セルビア政府のバシッチはこの陰謀を知っていたようだが、オーストリアへの警告をしたかどうかは議論がるよう。したとすればするでバシッチも仲間だと見られかねないし、陰謀に加担していないと一貫して主張も合理的。オーストリア自身も警告を受けたことを認める可能性が低く、知っておきながらなぜ守れなかったのかと言われる。
しかし、警告はあったという証拠もあるようだが、真剣に検討された形跡がないという。
テロが行われたとして、オーストリアはセルビア政府の関係性を証明できないだろうし、オーストリアから攻撃されたロシアや同盟国からの支援も期待できた。
バシッチは、陰謀の成功を望んでいるわけではなかったが、ただそれもセルビア民族の試練とも考えてていたのかもしれないと。
おもしろいなと思うのは、陰謀を企てている場所がカフェだったという。
けっこう当時のセルビアは混迷していてなかなか興味深い。

特性のない帝国
オーストリア=ハンガリー帝国が多民族国家として第一次世界大戦まで繁栄していた。セオドア・ルーズベルトがこの帝国を参考にしようとしていたという逸話がおもしろい。
サルデーニャ軍との戦いと普墺戦争の敗北で二重帝国となっていおり、アウスグライヒによって西側のツィスライタニエンとマジャール人が支配するトランスライタニエンに分かれる。
マジャール側の支配はけっこう民族主義的な色が濃かったようで、少数民族を無視するかのような政策が行われていたという。「マジャール化」を政治、行政、教育で推奨されており、マジャール語が話せなければならないような状況だったという。
逆にツィスライタニエンでは、諸民族の権利は保証され、統治、教育、公衆衛生、福祉、法の支配、インフラなどでハプスブルク帝国の記憶が残り続け、そしてハプスブルク・コモンウェルスの価値を多くの人は認めるものだった。
当時のチェコ民族主義的歴史家のフランチシェク・パラツキーも、ハプスブルク帝国解体がチェコ人の解放ではないことを認めていて、ロシアやドイツという存在がある以上、ハプスブルク帝国の存在意義は失わない。この包容力を体現していたのが皇帝フランツ・ヨーゼフだった。
1908年、ボスニア・ヘルツェゴヴィナを併合した。これについては歴史的にも意見が分かれるようで、セルビア側からすればオーストリアへの恨みが募り、だがオスマン帝国時代から続く諸制度を斬新主義と連続性で統治していくことは、当のボスニア・ヘルツェゴヴィナに住む住民からすれば悪くはない。
民族、宗教の違いがあっても相互での寛容と敬意が維持され、政治は公正さと平等が市民に適用されていた。
ロシアはこの件を指示することと引き換えに、ボスポラス海峡、ダーダネルス海峡の航行権の支持をオーストリアに約束させようともしたり、ロシア外相のイズヴォリスキーとオーストリア外相のエーレンタールとでこの合意があったようだが、いざ併合が告知されるとヨーロッパ外交の複雑さから、両外相ともに口をにごしたり、被害者を装ったりしていたようだ。
フランツ・コンラート・フォン・ヘッツェンドルフという帝国軍の参謀総長は、常に他国との戦争を主張していたようで、著者はそれを「あらゆる他者を犠牲にして自己の安全を求めなければならない諸国家間の永久闘争という、荒涼たるホッブズ的世界観」と表現している。帝国は指導者たちはまっとうなので、みんなコンラートの要求を拒否していたようだが。
フランツ・フェルディナンドはチェコ人の貴族女性と結婚するが、これはハプスブルク家の規則では許されることではなかったようで、しかしヨーゼフは折れ、しかし生まれてくる子供には皇位継承権がないことを約束もさせた。んーなんとも複雑です。
フェルディナンド大公は、帝位についたら帝国の改革をすることを隠さず、「大オーストリア合衆国」という壮大な計画をもっていたようだ。これは時代遅れとなったアウスグライヒからの脱却で、オーストリアが立ち直る可能性があったのかもしれないという。
フェルディナント大公はなかなか有能だったようで、孤独な宮廷のなかで基盤をつくるために有能な人材を登用していったようで、その一人がアレクサンダー・ブロシュ・フォン・アーレナウで、そもそも軍事から内政や情報収集などシンクタンクとしての役割りをもつようになる。ハンガリー王国での少数民族のネットワークを作ったりもしているよう。
エーレンタールののちに外相になったのが、レオポルト・ベルヒトルトで彼はまだエーレンタールの部下だったときにロシアとの関係を修復しようとする。フェルディナント大公とともに新外相としてセルビアとの関係緩和を目指すが、バルカン戦争によるセルビアの増長やロシアとの関係悪化などがおこるが、それでもセルビアとの戦争という現実は遠いものだったという。

1905年のセルビアはブルガリアとの関税同盟がウィーンとの関係を悪化させたという。ベオグラードからすればこの同盟自体どうでもいいものだったが、セルビアの民族主義的熱狂が情勢を盲目にした。オーストリアからすればこの同盟がバルカン半島国とセルビアの「連合」の第一歩に見なしていた。


ヨーロッパの分極化 一八八七〜一九〇七
かなり当時のヨーロッパ情勢がカオスで、正直まとめることなんかでいきない。ただドイツがイギリスに非常に気を使っていたことがわかる。ビスマルクの時代にはけっして帝国主義的な政策をしなかったし、あくまでもドイツ帝国をヨーロッパのなかで確固たる地位をしめるためだけに力を注いでいた。
しかもドイツがヴィルヘルム二世のもと海軍力を増強しようとしても、イギリスとの海軍力は当時ドイツと比べてギャップが大きかった。ドイツの海軍の増強が国際関係のなかでのバランスを崩すものとして批判されることがあるらしいが、イギリスの存在自体が脅威でもあり、イギリス自体がドイツのさまざまな圧力をかけていた。だからドイツだけを悪者にするのは不当だよね。
そして「世界政策」と呼ばれる、内実がよくわからない方針も表明されるが、これ自体が第一次世大戦の原因の一つとされているが、世界政策というもの自体が大したものではなく、しかもこの政策自体が国民の結束と社会民主主義を抑え込み、産業や政治に重心をおくために行われたという。

フランスのテオフィル・デルカッセ外相は、イギリスとの協力でモロッコを獲得する。モロッコは国際条約による地位の変更が可能という合意ができていたが、フランスはドイツに相談もなくモロッコの権益を拡大してしまう。ヴィルヘルム二世はそれに対して突然のタンジール市訪問を行い、モロッコの独立を訴えたことでフランスは国際会議をせざるを得なくなる。

そしてイギリスもロシアからドイツを脅威としてみるようになる。日露戦争でのロシアの敗北によってロシアの脅威度が下がったのが大きい。イギリスとロシアの関係も英露協商によってペルシャ、アフガニスタン、チベットの問題も先送りし良好なものへとなっていた。

このようなことで、ドイツはいつのまにかビスマルクの時代とは違う状況に置かれていき、20世紀初頭にはすでに外交上の自由を失っていた。1907年以降のドイツは国際関係は不利な状況になった。
イギリスやフランスがなぜドイツを敵視するようになったのか。ドイツが他国に比べてやり方が酷かったからなのか、といえばそうではない。各国、自らの利益のためならむしろドイツよりえげつない。イギリスの場合、1890年まではフランス、日露戦争まではロシア、そしてつぎに標的になったのがドイツということで、結局そういうこと。
ドイツはたしかにヨーロッパで脅威になっていた。工業力や経済力、消費量など全ておいて20世紀に入るとイギリスと並ぶか追い抜くほどだった。いわば、そういうことだ。
日露戦争でのロシアの敗北は、ドイツにとってはさらないイギリス、フランス、ロシアの結束を高め、ドイツが孤立していく。

三国同盟、英露協商、英仏協商、露仏同盟など、教科書的に言えばドイツの包囲網として結ばれたものであり、ドイツを抑え込むためのもののように、そして第一世界大戦への伏線として語られるが、当事者たちにとっては別にドイツの孤立を狙っていたわけではない。これら一つ一つが個別の問題を含み、そして関係緩和されてもお互いの国が完全に信頼できるようになっているわけではなく、たんに一時期のデタントでしかない。
約言すれば、将来は運命づけられていなかった。一九一四年に戦争へと向かった三国協商はなおも、ほとんどの政治家たちの精神的視界の外にあった。一九〇四年〜一九〇七年の大いなる転換点は、大陸規模の戦争が実現可能となった構造の現出を説明するには役立つ。しかし、これでは戦争が起こった具体的な理由を説明できない。

喧々囂々のヨーロッパ外交
考えてみれば、第一次世界大戦までのヨーロッパはフランス以外では君主制だったというのは、なんとも日本の左翼どもも見過ごしているかもしれない。
そして、各国の君主たちは好き勝手に政治をやっていたわけではなくて、ロシアでは日露戦争の敗北で官僚に主導権がもっていかれるし、専制君主っぽいヴィルヘルム二世にしたって、内政も外交も皇帝の意に沿わせることはできなかった。
おもしろいことに、各国ともに君主制であるから普通に考えればすべての責任は王にあるはずだが、実際は複雑な行政機構となっており、権力関係を覆い隠していたという。誰が軍を統べるのか、誰が外交の主導権をもっているのか。
大陸のすべての君主国に似たりよったりの状況を確認できるーー、国王や皇帝はばらばらの指揮系統をまとめ上げる、唯一の結節点であった。もし君主が統合機能を全うできなければ、もし彼がいわば国政の不備を埋められなければ、体制は未完成のままであり、ばらばらになる可能性があった。そして、大陸諸国の君主たちはしばしばこの役割りを果たし損ね、それどころかそもそもこの役割りを演じるのを拒否した(288)
んー、かつてのどこかの国と一緒ではありませんか。
とにかく、君主を含め足の引っ張り合いやら、過剰なレトリック、派閥主義が横行していたという。

シュリーフェン計画が、なんと「戦争計画」ではなく、単なる予算獲得のためのプランだったとわ。それが開戦時にどうも本当の計画になったようで。そもそも原案自体がありえない数字の師団数で練られたものだとうい。えーー。

各国の指導者たちは、当時から報道にかなり気を配っていたようで、民衆の熱狂を煽ったり、抑え込もうとしたりしていた。当然ながら各国政府は報道機関に金を配り、都合のいい情報や報道をするように促していた。
まあさもありなん。日本の世界報道の自由ランキングが低いことが話題になるけど、ランキングの高い北欧諸国や欧米諸国の報道が、実際どれほど政府との癒着がないかなんてわからない。でも、なぜか日本では世界は自由な報道と報道機関が政府から独立した機関だというロマンティシズムに走る。困ったものだ。
とはいっても、政府が完全に報道をコントロールできたわけでもないし、またある報道があらぬ方向に向かってしまうこともあったようで、報道はあくまで政治の道具だったという。
各国、どれが官製報道なのかどうかも見極めが難しかったようだ。だからそれが影響して、各国の外交政策も混迷していってしまう。
リップマンの『世論』なんかも読んでみようかな。リップマンはこの本を1922年に出版しているし。

戦前のヨーロッパ諸国の外交を形成し運営していたのは、統一的で、一貫した目的を使命とする小規模な執行機関だったと仮定したところで、他のすべての国との関係に言及せずには二国間の関係を十分に理解できないのだとすれば、こうした関係を再構成する作業は、なおも気後れするようなものとなろう。しかし一九〇三年〜一九一四年のヨーロッパでは、現実は「国際的な」モデルが示唆するよりも複雑であった。君主の混沌に満ちた干渉、文民と軍隊の曖昧な関係、そして大臣や内閣の一体性の弱さを特徴とする体制の内部における重要政治家たちの敵対関係が、安全保障をめぐる断続的危機や緊張の高まりを背景にかつてない不安定さをもたらしていた。(366-367)

2020/07/12

『主体の解釈学 コレージュ・ド・フランス講義1981-82 ミシェル・フーコー講義集成11』を読む ④

私が言いたいのは要するに次のようなことです。権力の問題、政治権力の問題を、統治性という、もっと一般的な問題の中に置いて考え直してみましょう。……権力の諸関係の流動的で、変更可能で、逆転可能な側面に注目してみるならば、この統治性の概念は、主体という要素を、理論的にも実践的にも経由せずにはすますことができません。この場合の主体とは、自己の自己への関係として定義されるでしょう。制度としての政治権力の理論は、ふつう法的な主体の法律上の概念に基づいていますが、それにたいして統治性の分析――すなわち、逆転可能な諸関係の総体としての権力の分析――は自己の自己への関係によって決定された主体の倫理に基づかなければならないのです。……「権力」「統治性」「自己と他者たちの統治」「自己の自己への関係」、この四者は連鎖して網目のようにつながっていること、そして、これらの概念を中心にして、政治の問題と倫理の問題を連結することができなくてはならない(294−295)

主体の問題がいかなる射程をもっているのかが述べられている。主体という権力のありようが論じられていることがわかる。
残念ながら、主体の権力構造を論じていない。かなり青写真的な感じで終了。
以下、箇条書き風。まとめるのも面倒だから。

政治的なもの、カタルシス的なもの
ギリシア・ヘレニズム・ローマ時代、自己自身を救う、危険から逃れ、身体の牢獄から逃れ、世界の不純から逃れるだけでなく、都市を城塞で守るように、自身を武装し、警戒し、抵抗している自己を統御している状態。
そして救済とは主体が自分自身に行う恒常的な活動であり、自己に到達するために自己を救済すること。
プラトンにおいては、他者を救済し、都市を救済することの帰結として自己の救済があるが、後の時代になるとカタルシス的なものと政治的なものが逆転する。

友愛について
友愛とは自己への配慮に与えられた形式の一つで、自己へ配慮する人は友人を作らなくてはならない。

エピクテトスの見解
自分の娘が病気であることに心がかき乱される。そこでエピクテトスは娘の看病を他者である召使に委ねる。なぜか。娘を愛するがゆえに心が乱れるから。
エピクテトスはこの態度を批判する。家族愛は自然の要素であり道理であるが、問題は娘にのみ配慮したことであり、自己への配慮がなされていないことだ。自己に配慮すれば取り乱すことなく、娘の手当にも配慮できただろうと。

マルクス・アウレリウスの見解
職業としての主権。道徳的な構造や根本的原理はあらゆる職業で成し遂げられるものであり、それはマルクス・アウレリウスにとって自分自身であることであった。
そして彼が「自己自身に視線を向けよ」というとき、何から視線を逸らさなければならないのか。それは他者から自己へ向ける。

立ち返りと
ヘレニズム・ローマの立ち返りは、身体からの解放ではなく、自己の自己への適合。
キリスト教文化においては、悔悛であり、思考と精神(霊)の根本的な変化となる。
「立ち返る自己は、自己自身を放棄した自己です。自己自身を放棄した自己」となる。
キリスト教および修道院の文献では、「おまえの精神のなかに入ってくる可能性のあるさまざまな像、表象に注意せよ、誘惑の徴や痕跡を読み解くために、心の中に生ずる動きの一つ一つを絶えず吟味せよ、おまえの精神を訪ねるものを送りだしたのが、神なのか、魔物なのか、あるいはおまえ自身なのか、またおまえの精神を訪れる、見かけはこの上なく純粋な想念に、情欲の痕跡がひとつもないかどうか判別するよう努めよ。」(255)
ここのいはギリシア、ローマ・ヘレニズム時代とは違う
キリスト教では自己自信に帰るというのは自己の放棄する。

セネカの形式
セネカは自分自身への要求を少なくするようにいう。つまり労苦、商売、農作業などを自分に課すことで自分への要求を多くしてしまっている。
そして金銭のための労働や報いの価値から解放されること。悪徳から逃れ、自らを世界の高い位置まで上り、その瞬間、わたしたちは自然の最も奥深い秘密に分け入ることができる。
これは仮象の世界から真理へいくのではなく、主体の運動であり、神の理性の形式となっている。
世界に背を向けず、世界における自分自身を見ることを目的とする。
自然を認識することは、自分に対する視点をもつための必要条件となっている。

マルクス・アウレリウスの世界
マルクス・アウレリウスは私たちが精神に持ち、ひとつの結合すべき諸原理に関係する霊的な訓練をみている。
霊的訓練とは、定義を与えること、論理学や意味論の用語で定義するのと同時に、事物の価値を定めること。
そして定義したあと「記述」をしなければならない。それは事物の形式と諸要素の直観的な内容を細かくみること。
霊的な訓練とは定義と記述であり、精神に現れるすべてものに対して行われなければならない。
表象の流れをとらえ、この自発的で無意思的な流れに対して、意志的な注意を向けることです。この意志的な注意の機能は、この表象を客観的な内容を決定することなのです(337)
これによって時間における存在の脆弱さを把握できる。
メロディや舞踏よち強くなり、それに打ち勝とうと思うなら――それらが持つ魅惑や追従や快楽を前に、自己を支配しようと思いなら――こうした優位を保とうと思うなら、……メロディに抵抗し、自分の自由を保とうと思うなら、それらを瞬間ごとに、音ごとに、運動ごとに分解すればよい……現在という瞬間に与えられるものだけが、主体にとって実在的だということです(347)
このあたりは仏教的。フーコーは分解しても因果関係までは論じていないところからして、大乗仏教と通じている。
マルクス・アウレリウスの場合、セネカとは異なり、平面に人間の存在をおいていて、視線は存在している場所を起点としている。

「自己の自己に対する訓練としての修練」アスケーシス。
ギリシア・ヘレニズム・ローマ時代、アスケーシスは法への従属の結果ではない。修練は、自己放棄、禁止、細かい規則はあるが、法への従属への結果ではない。真理の実践である。
主体を霊的な様態化すること。
賢者と格闘家を根本的に区別することはできない。

パレーシアとは
語る技法や文通というものの意味が、時代で異なっていく。ヘレニズム時代までは鍛錬であり、他者への指導は自己にも与えれるものだったが、キリスト教において、自己について真実を語ることが主体の自分自身との関係の基本原則になった瞬間、主体と真理の関係は大きく変わり、共同体への個人の帰属のために必要な要素となった。それは告白、告解というかたちになり、それをしなければ破門となった。
パレーシアとは、弟子の沈黙の義務に対する、師の側からの応答にほかなりません(414)
それは誘惑的であってもいけず、弁論術でもない。弟子の沈黙から、弟子の主体性がみずからものにできるような言説でなければならない。
パレーシアとは反追従であり、自身の魂の真理を他者に応答、開くことである。
パレーシアは指導者の言葉に本質的な形式で、規則から自由で弁論術からも自由である。
そして指導者は言表行為の主体とみずからの行為の主体一致として現前している。「私が君に語る真理、それを君は私の中に見る」(461)
古代ギリシア・ローマ人の精神の中では、規則への従属、あるいはそもそも従属そのものは、美しい作品をなすものではないのです。美しい作品とは、ある種のフォルマ(ある種の様式、ある種の生の形式)の理念に従うものです。おそらくこうした理由によって、哲学者の「修練的なもの」において、キリスト教にあるような、人生の各瞬間あるいは一日ごとになすべき訓練の厳密なカタログのようなものはまったくみられないのでしょう(476)
かなーりおもしろい指摘。

セネカの生と統治
セネカは辛抱する身体、耐える身体、節制する身体を課し、生の様式を形成していった。それは禁止を規則づけるのではなく、たとえば少なく食べることは飢えをしのげる量をたべるという原則からである。
美しい少女への欲望をを節制する、中立的な精神を保てる境地へいたるためには、美しい少女への欲情を考えないように訓練する。
ソクラテスもアルキビアデスへの欲望を自己抑制していた。
欲望それ自体は肯定されている。欲望するがままだ。
さらにセネカは一日を振り返るとき、過去を振り返るとき、凌振の吟味を行うが、それはキリスト教的なものとは違い、技術的な過失の点検となっている。セネカは自分自身の批判をしない。過去を振り返る歳、裁判官の態度をとるが、自分を罰することはしない。ただ次は繰り返してはならないと自分自身に言うだけだ。
哲学すること、それは心構えをすることだ(543)
ビオスとテクネー、そして『精神現象学へ』
ビオス(生)がテクネー(技術)の相関物であることをやめたとき、西洋思想特有の主観性の形式が構成される。ビオスは自己の試練の形式となってしまった。
世界はテクネーをとおして認識されるようになる。ビオスはテクネーの対象でなくなり、試練、経験、訓練の相関物となる。
ヘーゲルの『精神現象学』がいかなる書物であったか、と問いかけて終了。

2020/07/11

『いのちの初夜』 北條民雄 角川文庫

全編にわたり身体と精神について語られる。
「ね尾田さん。あの人たちは、もう人間じゃあないんですよ」
「人間ではありませんよ。生命です。生命そのもの、いのちそのものなんです。……あの人たちの「人間」はもう死んで亡んでしまったんです。ただ、生命だけがびくびくと生きているのです。なんという根強さでしょう。誰でも癩になった刹那に、その人の人間は滅びるのです。死ぬのです。……けれど、尾田さん、僕らは不死鳥です。新しい思想、新しい眼を持つ時、全然藾者の生活を獲得するとき、再び人間として生き復るのです。びくびくと生きている生命が肉体を獲得するのです。新しい人間生活はそれから始まるのです。……あなたの苦悩や絶望、それがどこから来るか、考えてみてください。一たび死んだ過去の人間を探し求めているからではないでしょうか」(40-41)
ここにあるのは言葉の論理だとかではなくて、
患者たちは決して言葉を聴かない。人間のひびきだけを聴く。これは意識的にそうするのではない、虐げられ、辱められた過去において体得した本能的な嗅覚がそうさせるのだ。(127)
登場人物たちは、みな死を望んでいる。自殺をしたり、死にきれなかったり。
肉体が亡んでいく中で、健全な精神をもって生きることとは何か。
肉体と精神の関係を切り離そうと試みるが、どうもうまくいかない葛藤があって、癩病になったからそう考えるのか、それともそもそも人間というのはそういうものなのか。

いま身体と精神との関係というのは、哲学だけでなく医学や心理学などでもよく言及されている。
しかし癩病者にとっては、それは現実的に拒否すべき問題であり、克服し新しい哲学を構築しなければならないことになる。それは精神至上主義的なものになる。

北条民雄にとって文学は二番目だったと。まず第一番に考えることは、癩病のことであり、死であり、苦痛であると。
文学でもあり、一つのルポでもある。
『癩家族』は、なんとも言い難い。父親は自身が癩病だと知っていて結婚して子供をつくってその子供が皆癩病を発症する。
「わたしは、の、佐さあん、お前のお父さんにだまされて、それで一緒になったのだよ。あの人は、わたしと一緒になる前から病気だったのだに、わたしはだまされて――」
「お母さんは、なんで僕にそんなこと教えるんです!」
 ラストは印象的で、一番下の弟が収容病院にきたとき、父と姉に会う。
彼は初めて姉に気付いたように、はっとした表情であった。そして微笑を浮かべようとしたらしかったが、それは途中で硬直したようにただ顔が歪んだだけだった。これが姉だったのか、と佐太郎は思ったに違いないとふゆ子は、自分の眉毛のない顔を思い、つと一歩後ずさった胸の中でじいんと何かが鳴るような思いだった。
『望郷歌』でも、癩患者の家族の苦悩が描かれる。孫を殺そうとした祖父。ばばさんから教えてもらった歌を太市が歌い、もうどこにも帰るところがない、もう病院しか居場所がない。誰も悪いわけではないけど、みんな自分を責めていく。
『吹雪の産声』は、連綿と続く生命が描かれている。癩病院では患者たちが歓喜し、生命を尊ぶ。

2020/07/07

Fauré, ELEGIE, Quintette pour piano et cordes no 2, Tyssens-Valentin, le quatuor de la R. T. F., CHARLIN, CL11, STEREO/フォーレ、エレジー、ピアノ五重奏曲第二番、ティッサン=ヴァランタン、フランス国営放送四重奏団



Gabriel Urbain Fauré
ELEGIE
Quintette pour piano et cordes no 2
Tyssens-Valentin, piano
le quatuor de la R. T. F.
Jacques Dumont, violin
Louis Perlemuter, violin
Carles Marc, alto
Robert Salles, cello
CHARLIN, CL11, STEREO

このレコード、録音が素晴らしい。申し分ない。
「エレジー」は初めて聞くけど、フォーレらしい曲で。ただ、いかんせん小曲でもあるし。

んでメインのピアノ五重奏曲第2番も素晴らしいとしか言いようがない。
なんでしょうね。フォーレの曲は「静謐」という言葉だけでは語れず、熱量の大きい音楽を作曲していることは確かです。
単純に静かに流れるような曲なんて世の中にいっぱいあるが、フォーレは語ることのできないものを作曲してくれている感じがよくでている。
文学は語れない何かを語るのが文学であるし、音楽も語れない何かを語るのが音楽でもある。
だからショパンの曲というのは、どこか単純に聴こえてしまう。ショパンは語れるものをピアノで語ってしまっている感じがするからだ。
それはベートーヴェンの交響曲なんかもそうで、だからって悪いわけではないが、人間とは複雑な生き物でもあり、愛だとか恋だとか怒りをそのまま表現されても、感情に多くの要素が詰まっていて、そうそう表現できるものではない。
多くの作曲家は単純にしすぎているわけです。でもそれがウケるのも事実だし、それはそれでいい。
ベートーヴェンは後期になればなるほど音楽性がよくなっていき、音楽で音楽を語ることをしていく。つまり抽象度が高くなり、まさに単純さから抜け出していく。
フォーレはまさに音楽で音楽を語る人だったと思われ、「芸術」という言葉自体が近代の発明ではあるが、その体現者がフォーレといってもいい。
バッハのような「技術」ではなく、ショパンのような「単純なロマンティシズム」ではなく、「感性」に訴えかけてくる音楽を作り続けてたと思う。

ピアノ五重奏曲第2番を語ろうとしても語れないわけです。美しいとかしか言えないわけです。フォーレを語ろうとすると常に陳腐な言葉を並べざるを得ない。
この曲が作曲された1919年から1921年というのは、第一次世界大戦が終わり荒廃した状況で、「ヨーロッパの危機」でもあって、フッサールの「生活世界」が喪失していく時代でもあるわけです。
ベルクソンも同時期の人だし、ベルクソンの思想と直接的にフォーレと関係していると思えないが、同時代を生きた両人に共通するのは「意識と時間」の把握の仕方で、持続と緊張が折り重なりあう実存が表現されている。

演奏はティッサン=ヴァランタンと国営放送の四重奏団。
まあつらつらとジャンケレヴィッチ的に書いたけど、いい曲だよ。文句ない。

2020/07/06

『主体の解釈学 コレージュ・ド・フランス講義1981-82 ミシェル・フーコー講義集成11』を読む ③

興味深いことに、ここで「自己への配慮」の変化について、かなり慎重に検討している。
「帝国が成立するこの事故に、なにか急激な、突然の出来事が生じて、その結果自己への配慮が急に、一挙に新しいかたりをとるようになった、ということではありません。」
『言葉と物』などでは、「断絶」があり、エピステーメの突然変異を主張していたが、フーコーもまるくなったということでしょうか。
「主体の系譜学」を読み解いていく。非常に興味深い。
基本的に、ここからは現代批判だとかの要素はなく、あくまで歴史家フーコーとして文献を読み解いていく。

ヘレニズム、キリスト教普及の時代。
この時代、自己に配慮することは無条件の原則となり至上命令となる。そして他者の統治とは関係がなくなる。ギリシアでは自己への配慮は、自己と同時に都市への配慮と関係していたが、それが変わってきている。
自己への配慮が単なる認識の活動から自己の実践が問題になっていく。それは生の技法、生存の技法へひろがっていく。
ソクラテスは自己への配慮を青年期の終わりから教えていくことを語っているが、プラトン以後自己への配慮は生涯続けていく恒久的な義務になる。(エピクロスやセネカなどストア派)
ルキアノス『哲学者の売り立て』というテクストでは、壮年期の終わりに自己への配慮の中心を移している。自己への配慮が成人活動にたいする批判要素を含み、矯正の役割がでてくる。そして他者の生活への批判へになっていく。
「いったん固まってしまったとしても、自らを訓練しなおし、矯正し、あるべき姿、しかし一度もそうであったことのなかった姿になることができるようにするための手段」が自己への実践となる。

医術と哲学
医術と哲学の概念の枠組みの同一性がみられる。
ギリシア語のテラぺウエインtherapeueinとは、治療、命令に従事する、そして礼拝を行うことを意味する。
アレクサンドレイアのフィロン『観想的生活について』。
「治療者(テラペウタイ派)」とは、医者は身体と同時に魂も手当てすると主張する。そして存在の崇拝をしているという。
哲学の学校とは何だろうか。哲学の学校、それはiatreion(施療院)である。哲学の学校をでるとき、ひとは楽しんできたのではなく、苦しんできたのでなくてはならない。なぜならあなたは健康であるという理由で、そして実際健康でありながら哲学の学校に来たわけではないからだ。

自己への配慮は自分の魂と身体に同時に配慮すること。老年であることの価値。
ギリシアでは老年であることは、たしかに尊敬の対象ではあったが望ましいものというわけではなかった。老年になることは性欲に煩わされないですむ、といったアイロニーを含む(ソフォクレス)。
セネカは人生を区分し年齢に応じて固有の生活様式をとるべきとする。そしてそれは老年にむかっていく連続的な運動の統一性をなしている。老年は生の終わりではなく、反対に生の極をなすものとして肯定する。老いるために生き、そこではじめて静けさの中、隠れ家で、自己の享受(享楽)を見出すことができる。

他者との関係
知識や技芸の領域に属することを学ぼうとするときには、つねに訓練が、つねに師が必要である……しかしながら、そうした領域(知識や学問、技芸)においては、悪い習慣がつくということはない。たんに知らないというだけのことだ」(152)
無知から知へ移行するには師が必要で、そしてそれは迷妄から抜け出すこと。師は弟子の健康を矯正していく。迷妄stultitiaとはまだ自己の世話をしていないもののこと。
その媒体者こそが哲学者であり、案内人となる。
哲学者とは自己だけでなく他者をも統治したいと思う統治者のことで、弁論術もその一種。弁論によって代謝に働きかける。

フィロデモスのパレーシア
エピクロス派では案内人がおらず、教えるものと教えられるものとの関係は強い感情的な関係、友愛の関係で行わエれていた。
パレーシアとは心を額ていること、二人のパートナーが互いに考えていることを包み隠さず、率直に話し合うことの必要をいう(160)
エピクロス派にとって、一般的に思われている師弟関係ではなかった。どちらかが優れているとかではなく、それは技術の問題となっている。指導の作業が終わると、いずれも同じ水準ものになるという。
ローマになるとそれは顧客の関係、非対称的な関係へと変化している。それは「生存の忠告者」というべきもの。
哲学者は政治的な行動をするようになる。紛争、暗殺、処刑、反乱。
そのとき、日常生活や政治活動の外部の機能が失われていき、忠告や意見と哲学者が同化していく。そして非職業化していき、哲学の厳密な意味での機能を失っていく。それは状況に応じた忠告というかたちとなり、日常の存在様式に同化していく。

2020/07/05

Beethoven, Streichquartett cis-moll op.131, Koeckert-Quartett, Deutshe Grammophon, LPM 18187, MONO/ベートーヴェン、弦楽四重奏曲第14番、ケッケルト弦楽四重奏団



Ludwig van Beethoven
Streichquartett cis-moll op.131
Rudolf Koeckert, 1 violine
Willi Buchner, 2 violine
Oskar Riedle, viola
Josef Merz, violoncello
Koeckert-Quartett
Deutshe Grammophon, LPM 18187, MONO

ケッケルト弦楽四重奏団によるベートーヴェン弦楽四重奏第14番。
んーやはりいいですね。このモノラルがたまらないですね。残念なのは、盤質があまりよくないて歪みがいっぱいでちゃってる。
全体的に、まっとうな演奏です。変な捻りや過剰な解釈はいっさいなく、ゆえに退屈だとも言えるかもしませんが、バランスがとれており、安心して聴くことのできる稀な演奏となっていると思う。
第四楽章もかなりゆるやかで、流れるような演奏というか時間が止まったようなような演奏で、いい意味で眠くなってきます。
最終楽章も模範的といってよく、落ち着いて聴いていられる。
盤質が悪いのが、ほんとうに残念。

2020/07/04

Mozart, Piano Concerto A Major K.488, C Minor K.491, Solomon Cutner, Herbert Menges, Philharmonia Orchestra, HIS MASTER'S VOICE, ALP 1316, MONO/モーツァルト、ピアノ協奏曲23番、24番、ソロモン・カットナー、ハーバート・メンゲス



Wolfgang Amadeus Mozart
Piano Concerto A Major K.488
Piano Concerto C Minor K.491
Solomon Cutner, piano
Herbert Menges, conductor
Philharmonia Orchestra
HIS MASTER'S VOICE, ALP 1316, MONO

ソロモン・カットナーによるモーツァルトピアノ協奏曲23番と24番。指揮はハーバート・メンゲス。
音質は少しよくないですが、ただですね、これがですね、とっても素晴らしい演奏となっています。
僕は23番の第二楽章ってあんまり好きじゃなかったのですが、ソロモンが弾く第二楽章は美しいです。いやーなんか理知的なんですよね。なんかピアノのうまさが滲みでてくるというか、そんな感じ。
24番は短調の曲なので、あんまり聴かないのですが、すげーいいんですね、この24番。驚くべきものです。初めて24番がいい曲だと思えた。
まず導入のオーケストラが堂々としていて聴かせてくれます。
ピアノは少し奥まって曇った感じで録音されてしまっているが、それでも流れるような半音階のスケールがオーケストラとうまく絡み合ってます。
23番も24番も第二楽章のような緩やかな曲調のとき、ソロモンのピアノが光る。
肩の力が抜けていて、妙に冷静な感じを受ける。