2019/11/06

北方謙三版「水滸伝十二 炳乎の章」

水滸伝十二 炳乎の章

ついに盧俊義が青蓮寺に捕まり、拷問をうける。沈機によって盧俊義は足を砕かれ、指を砕かれてるも、塩の道についてはいっさい喋らず、燕青に救出される。燕青は北京大名府から梁山泊まで、盧俊義を担ぎ連れ戻す。なんか燕青は死域にあり、半分死んでいたという。
解珍は陽春をつれて旅に出ていた。陽春は何の旅なのかわからず、ただついていっているだけで、解珍に憎しみすら覚えていく。
牢に入れられていた董平は脱獄し、関勝は探すも見つけられず。魯達の賭けに負ける。
関勝は魯達といっしょに董平にあい、じつは屋根の上で寝ていたことを告げられ、負けを認める。董平はそのまま梁山泊へ入る。
梁山泊は北京大名府にある塩の道の痕跡をすべて回収すべく、軍をすすめる。短期間の北京大名府を占領し、盧俊義の残した物や、関わりのある人物を梁山泊へと運ぶ。
その際、空になった梁山泊へ雄州の関勝が兵三千をつれて梁山泊へと進む。呼延灼率いる梁山泊軍は急ぎ北京大名府から撤退する。その途中、趙安が宋江に迫るも、なんとか何を逃れる。しかしここで韓滔が死ぬ。
関勝は梁山泊を攻めることをしなかった。朱富の饅頭を燕青らと食べながら、饅頭の恩を借りると言い残す。
関勝は、宣賛、単廷珪、魏定国、郝思文、そして雄州の数百の兵とともに、饅頭の恩を返すために梁山泊に入る。

この独りよがりの小説も中盤から後半へと向かっていく。
「たいへんなものをみたようなきがする」「わかるようなきがする」だとかの共感とも違う、人間は孤独であるが、わかり合おうとする努力の跡がいっぱい書かれていてお腹いっぱい。
この小説の悪いところなのかいいところなのか判断が難しいが、「塩の道」っていったいどんなものなのか、北方さんはかなりあっさり書いていて、歴史的な塩の道についての言及が皆無。
そのため、漠然としたイメージしか抱くことができない。
盧俊義の闘いがどれくらい大変なのか、読者にあまり伝わっていないんじゃないかな。
北方さんは、強引に「難しい仕事」のように書いて読者を納得させにきているけどね。しかも、婉曲表現とか用いずにそのまま、「困難」「孤独」「熾烈」などの言葉で表現するものだから、読んでて小説ってこんなにダイレクトな表現でも許されるのかと考えさせられた。
郁保四だが、「花の慶次」にでてくる、ばんどう、っていう巨体のように死ぬのかな。たしかばんどうは、旗を降ろさないで立ちながら死んでいった記憶がある。



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