2021/02/27

『ブラッドランド――ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実 上』 ティモシー・スナイダー/布施由紀子訳 筑摩書房

んー凄まじい。
ポーランド、バルト地域、ベラルーシ―、ウクライナをブラッドランドと呼び、その凄まじい大量虐殺を書き出している。
1932年から1933年までスターリンの行った五ヵ年計画で工業化を目指して、集団化政策を行って、農作物を輸出して、機械類を輸入して、そしてウクライナが飢餓になって、人肉食までいく。なんなんだこの歴史は。しかもスターリンは意図して飢餓を起こしている。
フセヴァロド・バリツキーはNKVD支局長として、ウクライナの穀物収奪を正当化させていく。スターリンにはこの飢餓を民族主義者の陰謀として説明し、飢餓と処罰を組み合わせていた。
そしてこの集団化政策は階級闘争と位置づけていた。「富農(クラーク)」を抹殺することを意図していた。ではクラークとは何かと言えば、そんなものは国が勝手に決めていた。
グラーグと呼ばれる強制収容所へ農民を大規模に強制移住させ、集団化を行っていく。自由農民が奴隷農民となっていく。
飢餓はウクライナ人300万人だけでなく、ロシア人、ユダヤ人、ドイツ人、ポーランド人で30万人、そしてソヴィエト・ロシアでも150万人が死んだ。さらにカザフスタンでも飢餓が起こっており、130万にが死んでいるという。
この飢餓のによる大虐殺によってウクライナの人口動態が変わったという。しかも人口調査をした担当者を処刑までする。ひどい、、、

1937年、バリツキーはウクライナの飢餓を「ポーランド軍事組織」の陰謀にも結び付けていく。ドイツの侵攻でソ連に亡命した共産主義者はスパイとして処刑もされていく。バリツキーはウクライナで「ポーランド軍事組織」が再結成されたと主張したが、エジェフはそれをさらに誇大にしていき、モスクワ本部、そしてソ連全土にかかわる問題にしていく。そしてスターリンはバリツキーが「ポーランド軍事組織」を甘く見ていたとして免職になり、逮捕され、処刑される。なんなんだこりゃ。

ソ連はインターナショナリズムを謳っているの嘘ではなかった。だからエジェフにしろ、民族問題として取り上げていたのではなく、あくまでスパイ行為として罰せられていく。
1939年9月17日にドイツについでソ連はポーランドへ侵攻する。
そしてモロトフ=リッベントロップ協定(独ソ不可侵条約)によってポーランドは分割される。知識人は虐殺されていく。ソ連によるカティンの森大虐殺など。
ドイツでもポーランドを「浄化」するために、ユダヤ人だけでなくポーランド人も強制移住させられ、餓死していく。ヒトラーもスターリンもポーランドの知識人階層の抹殺を意図的に行っていた。そいて従順な大衆だけを残し統治をしやすくしようとしていた。

ヒトラーもスターリンもイギリスを気にしていた。帝国主義の存在はスターリンにとっての共産主義の存在を、世界革命という目標を成り立たせてくれるものだったし、イギリスという巨大な悪の存在があるからこそヒトラーとも手を結ぶことができた。ヒトラーはイギリスを超える帝国主義国家を目指していた。
ヒトラーもスターリンもイギリスの存在から導きだした答えが、拡張主義だった。食料、鉱物を豊富に持ち、自給自足の社会を作り上げるには領土を増やすことをよしとした。
そこでヒトラーもスターリンも目につけたのがウクライナだった。そして驚くべきことに、ナチスドイツはドイツ国内の食糧問題を解決するために、ウクライナを餓死させることを計画する。大量餓死と植民地化がセットになった政策だった。
ナチスドイツは占領したソ連領で捕虜収容所をつくるが、ここで飢餓政策がなされ、カニバリズムが起こる。*ドゥラーク(一時収容)、シュラーク(下士官用)、オフラーク(士官用)
ドイツのソ連への攻撃が行われて、ソ連は報復処置としてヴォルガ川に住むドイツ人をカザフスタン以に強制移住させていく。これがナチスドイツとは違い、非常にうまくスムーズに行ったようで、スターリンが作り上げた官僚国家の効率の良さがわかる。
リトアニア、ラトヴィア、ルーマニア、などでもユダヤ人の虐殺がなされていく。
モロトフ=リッベントロップの東側では銃殺によ大量虐殺、西側ではガス殺でユダヤ人が殺されていく。

この本を読んでいると、改めて20世紀前半のヨーロッパの歴史の酷さが目につく。いたるところで虐殺が起こり、多くの場所で虐殺の碑がたつのも頷ける。どこでもかしこでも虐殺が行われている。
バビ・ヤールの虐殺で思い出したが、ショスタコーヴィチの交響曲13番がこのバビ・ヤールを題材にしている。聞いたことはないけど。

0 件のコメント:

コメントを投稿