2019/07/04

Mozart Klavierkonzerte/Piano Concertos Nr.25 & 27 Freidrich Gulda Viener Philharmoniker/Vienna Philharmonic Claudio Abbado/フレデリック・グルダ、クラディオ・アバド モーツァルト ピアノ協奏曲第25番 第27番



Mozart
Klavierkonzerte/Piano Concertos Nr.25 & 27
Freidrich Gulda
Viener Philharmoniker/Vienna Philharmonic
Claudio Abbado
MG1011

モーツァルト、ピアノ協奏曲第25番、27番。グルダとアバドのもの。K.503とK. 595。
25番は何度聴いてもいいとは思えない。がんばっていいところを探そうとしたけれど、いまの僕の感性では追いつきませんでいた。
何がよくないって、全体的につまらない。モーツァルト特有の疾走感もないし、心地の良い転調もあまりなくて、退屈になってしまう。ごめんなさい。

27番は、比較好きな曲。だけどもよく見かける、「天国的な美しさ」とか「死を予感される」とか、そういうった評価はいかがなものかと思う。この曲が作曲された年にモーツァルトは死んでいるけど、この曲は年始めに出来上がり、死ぬのは年末なわけで、その間約1年あるわけだ。モーツァルトの死因にはいろいろと諸説があるけれども、27番を作曲していた時は、まだまだ元気だったわけで、「死の予感」もへったくれもない。こういうところでモーツァルトの曲を神格化することはよくないと思う。たしかにちょっとしたスパイスにはなるけど、27番には「死の予感」なんか読み込めないほど長調です。
27番でいいなあと思うのは、やはり第二楽章の出だしでしょうか。ポロンポロンとピアノからはじまり、同じ旋律をオーケストラが追い、またピアノがそれを引き継ぐ。かわいらしくて、夢見がちな旋律。そして、ちょっと不安にかられる短調となり長調へともどるところはモーツァルトらしい。
第二楽章のグルダは、自由に感じられる。美しさに耽溺するのでもなく、しみじみと奏でてくれている。胸にしみるわ。
ただし、やはりケッヘル400番台のピアノ協奏曲のような楽しさがないのが、僕には残念でならない。おそらくモーツァルト自身400番台のころのような曲想からは違う方向に向かっていたのだと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿