2021/05/02

『11の国のアメリカ史――分断と相克の400年』 上 コリン・ウッダード 岩波書店

上巻では独立までの北アメリカの移民の状況が書かれているが、これがなかなかおもしろい。
11の国は独立13州のことではなくて、明確に線を引けない文化領域を指している。
エル・ノルテ
ニューフランス
タイドウォーター
ヤンキーダム
ニューネザーランド
深南部
ミッドランド
大アパラチア
レフト・コースト
極西部
ファーストネイション

まずsteteとnationの混同があることを指摘している。そしてアメリカは世界で唯一、独立国家としての地位statehoodと国民であることnationhoodとが交換可能な人々であるという。
stateとは国家であり、いわば国連だとかへの加盟資格をもつもののことで、nationは共通の文化、民族、言語、歴史を共有していると信じている集団をさす。
故に日本はネイション=ステイトとなる。クルドやパレスチナ、ケベックはネイションであるがステイトではない。うひょひょー

なかなか興味深い指摘なのが、北アメリカへ新たに移住してくる者たちは、何世代か経ながら同化していく。移民たちが移住地の文化を多少なにかしらの影響を与えなくもないが、みんなが折り合いをつけていく。
んで、僕は全くと言っていいほどアメリカ史に疎いんだけど、基本的にアメリカへの移住者はヨーロッパからのエクソダスした人たち、信仰の自由を得るために新天地を求めてきた人たちというイメージがあったが、必ずしもそうではないし、むしろもっと複雑だとわかる。

エルノルテでは、スペイン人とインディアンとの混血も進んでいたし、そのためエルノルテでのカースト制も崩壊していく。エルノルテはメキシコの封建的な中心部とは異なる。自給自足的、勤勉かつ能動的で、暴政を容認しない人々であるそうだ。しかし政治的なものはスペインの影響をうけており、農奴なんかも制度として存在した。また家父長的でもあったし、宗教にも熱心もある。

ニューフランスはだいたいいまのケベックで、ここは現代においても寛容な社会を築き上げている。ド・モン公ピエール・ドゥグアとサミュエル・ド・シャンプランで二人はフランスでの宗教戦争にも疲れ、ユートピアを建設するために新世界へとやってきたという。とはいいつつも彼らが描いていたのはフランスと同様の封建制であったようで。しかし宗教には寛容でプロテスタントにも入植が許されていた。インディアンとの関係も良好にたもっていた。

タイドウォーターは現在のバージアニ周辺。ここはまずジョン・スミスがジェームズタウンをつくり開拓していくが、これは大勢の死者をだす事業だったよう。これは『1493』でも書かれていた。その後イングランドの王党派がやってきて、インデアンを追いやり巨大なタバコのプランテーションをやり始める。ということもあり、タイドウォーターでは貴族的な寡頭政治が主流になる。小作人や奴隷をつかってプランテーションを営んでいく。
んで、ワシントン、ジェファーソン、マディソンなどの建国の父たちはバージニア州出身でみなプランテーションの領主だった。だから彼らは決して民主主義者ではなく、古典的な共和主義者だったということだ。古代ギリシャ・ローマに範をとっていたつーことだ。
タイドウォーターでは街の建設ではなく、農村社会が出来上がっていた。
タイドウォーターでは非常に中世的な紳士像が残っており、何かあれば決闘もするし復讐もする。

ヤンキーダムはピルグリムにはじまる。彼らはイギリスの王党派のような理念を嫌っており、新しい社会、実践的宗教ユートピア、カルヴァンの教えに基づく神政国家の建設を目指していた。彼らピューリタンたちは自分たち以外の宗派に非常に非寛容であった。
そして迫害されて新世界にやってきたと思われがちだが、事実そういった面もあるが、多くは宗教的実践を徹底させるために移住してきたという。
彼らには使命感があった。そしてこの使命感、アメリカ例外主義、「明白な運命」をもたらしてきた。
そしてヤンキーたちはタイドウォーターのようなノルマン人のもつ文化を嫌っていた。

ニューネザーランド。つまりは現在のニューヨーク市。ニューヨークがまさにオランダ西インド会社が治めていた当初から貿易で賑わっていた。通商の自由が優先課題であり、さまざまな民族がひしめき合っていたよう。
多様性、寛容、社会的上昇志向、個人的企業心など現代ニューヨークらしさがすでにできあがっていた。
経済でも科学でも政治でも哲学でも、最先端の国だったオランダ。当時のオランダの文化の影響を受けていた。
とはいっても支配層はエリートであり、さらに言えば、タイドウォーターや深南部に奴隷を輸出していたのは、ここの商人だった。だから南北戦争のときも当初はヤンキーにつくつもりはなかったとかなんとか。

深南部への移民たちはバルバドスからやってきており、バルバドスのやり方をそのまま踏襲してプランテーションを作り上げていく。そして自分たちはタイドウォーターと同様にノルマンの末裔としてアングロサクソンやケルトを見下していた。
そして最もアメリカらしさの原型がミッドランドだという。すなわりペンシルヴァニアであり、フィラデルフィア。クェーカというヒッピー的、平和主義、アナーキズムなどイカレタ連中だったようだ。だから政治がまったくできなかったようで・・・。

大アパラチア。ボーダーランド、つまりはイングランドとスコットランドの境で戦争に耐え忍んできた人々が入っていく。彼らは貧しく、教養もなく、刹那的で。何か財産をもつこともせず、牛などの牧畜で生計をたてたりしていく。誰かに服従するのを嫌い、奴隷制にも嫌悪していた。他のネイションからはたんに怠惰な人たちに見えたようで。彼らの感心ごとは富ではなく、強制からの自由の極大化であった。ボーダーランドの人々はインデアンに溶け込んだり、白人インデアンになったり、婚姻をむすんだりしていく。

ということで独立戦争。これもなかなか解釈が難しいところで、みんながみんな独立したかったのではなく、イギリスが結構強硬路線で、妥協なんかしないでやってきたから戦争になってしまったところがあるようだ。
そもそも北部ヤンキーが反王室でもあるが、お茶を沈めた事件だってボストンだ。ミッドランドでは革命には興味ないし、アパラチアではそもそも統一的な見解なんかなく、イギリスの方が自分たちに自由を与えるならイギリスだしといった基準。
という感じで統一的ではなかった。憲法は妥協の産物であり、オランダ的な権利章典もあり、南部の選挙人のようなまさに共和主義の思想、拡張主義のヤンキーや南部を抑えるために州権の強化などなど。とりあえず全てが妥協の産物ではじまっている。

どうも独立戦争によってアメリカはイギリスの軛から逃れることができたが、統一国家ではないと言える。

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