2020/10/23

『阿片王――満州の夜と霧』 佐野眞一 新潮文庫

里見甫や満州国の阿片金脈を知りたかったが、悪い意味で期待を裏切っる。里見よりも愛人関係や周辺の人物のことばかりであり、おそらくは佐野眞一は群像劇を狙ったのかもしれないが、失敗している。梅村うた、淳の複雑怪奇な家系図や人生に相当なページを割き、満州国の蠱惑的雰囲気をだそうとしているが、ぼくは失敗していると思う。
梅村うたと多彩な政界、財界人との交流は、どうみても誇張しすぎとしか言いようがない。ノンフィクションとして焦点を合わせて、満州裏面史としては、まあそういう人生もあるというだけで、それが歴史とどう結びつくのかが不明瞭であり、かつ強引すぎる。時代にほんろうされたというならわかるが。それに梅村淳についても、はっきりいって消化不良であり、淳が満州で阿片の運び屋をしていたというが、その具体的な方法やどう関わっていたのかが書かれていない。淳がどれほど里見にとって重要な人物であったのかもわからず。
がっかりしたのが、満州国が阿片王国であったことは、興味がある人にはすでに知っていることだが、その莫大な阿片が満州国の繁栄にどのように使われ、そして日中戦争を戦ってきたのかもよくわからない。東條英樹と阿片についても、とっても重要なことなのにあっさりしか触れていない。
そして、佐野眞一だけではないのだが、ノンフィクション作家の癖というか習性なのか、関係があるのかどうかわからない人間関係が網羅されていて、はっきりいって何がなにやらわからなくなる。吉野作造の弟である吉野信次が梅村うたとアメリカで出会っていたことや湯崗子のホテルから日本に期間したあとに会いにいった話など、これって本当に書くべきことなのか。だから何だというしかない。取材過程を書くのはいいが、吉野信次と知り合いだったから何なのだ。こういう小枝が多すぎて、結局だから何なんだという感想が浮かぶのみ。
多くの点で不満足すぎる。満州の壮大な実験が戦後日本の高度成長期を実現させたとかなんとか。半分は本当だと思う。前間孝則氏の『亜細亜新幹線 幻の東京発北京行き超特急』あたりでは、佐野がちょろっとしか触れていない特急「あじあ号」について詳細がわかるし、そして新幹線との関係が語られている。

収穫といえば、里見が中国との和平工作を動いていたという記述で、太平天国の乱を鎮圧した曾国藩の末裔である老三爺を介して蒋介石、毛沢東と交渉をすすめようとしていたらしい。
その条件が
1 日本の即刻内閣の総辞職
2 満州国、そして権益を含め、手放すこと
3 台湾の後協議
4 以上の条件がのめない場合、日本は首都を長春に遷都して、徹底抗戦をする。
これらの条件について、よく意味がわからない。とくになぜ1辞職をせねばならないのか、そして満州を手放す云々であればポツダム宣言と一緒であり、当時の鈴木貫太郎首相が勝手に内閣に内緒で根回ししたとは思えない。3はいいとしても4はあまりに荒唐無稽すぎる。おそらく里見も個人の意見として中国との和平を望んでいただろうし、そのためにどうすればいいかという考えもあっただろう。具体的に動いていたのかどうかまではわからないようだし、ソ連の参戦でおじゃんになったという。
ここでも佐野はあまりに深くこのことを突っ込まない。なぜ里見は以上の条件を提示できると考えたのか。ポツダム宣言を里見は知らなかったにせよ、上記の条件で日本政府が動くわけがない。
満州国通信社について、宏済善堂について、里見機関について、すべて中途半端。
満州国通信社を作った里見がなにをこの会社でなしていたのか、そして里見機関がどのような組織で、阿片の売買のルートなども靄っとさせたまま。結局はわからないというのが正直なところだろう。資料だって残っていないのだし。
結局、満州国と里見の関係は暴かれることなく、里見の阿片王たる所以もわからず、たんに里見の女性関係と、里見が笹川良一や児玉誉士夫などの金の亡者とは一線を画すのです程度の内容が書かれているのみ。
タイトルが『梅村うたと淳 里見の愛した女たち』みたいなタイトルなら納得だけど、ひどいよ。里見がなぜ阿片と深く付き合うようになったのか、どのようにネットワークが構築されていったのか。重要な証言として、里見は国民党にも阿片の利益を流していた。この事実をなぜもっと広げないのだ佐野!! 単に中国で商売しなければならない手前蒋介石にも恩を売る必要があるのはわかるが、しかし、とっても重要なことだろうよ。敵国に援助していたのだから。
まあつまりです、里見を知りたくて読むには適していない。単純に満州にかかわった女たちの生きざまというノンフィクションとしては面白いとは思う。

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