2020/09/02

『敗北者たち――第一次世界大戦はなぜ終わり損ねたのか 1917-1923』 ローベルト・ゲルヴァルト 小原淳訳 みすず書房

国家間の戦争が終わっても、ロシア帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、ドイツ帝国、オスマン帝国の解体によってもたらされた内戦が惨たらしく、第一次世界大戦そのものに匹敵するほどの犠牲者と混乱を招いていた。
この混乱をまとめて読めることは、この著作のいいところだが、訳者による補足があまりに多いため本書の信頼性がけっこう損なわれてしまっている。それをあえて無視すれば、本書はロシア革命がいかに戦後に影響を与え、そして第二次世界大戦への道を整えていったのかがわかるし、何よりも普通だと各国史でしか学べないヨーロッパの歴史を概観できるのがいい。
ともわれ1917年のロシア革命のインパクトは相当なものだったようで、ロシア国内の内戦にとどまらず、バルト三国、オーストリア、ドイツで共産主義の風が吹き荒れていたようだ。そして共産主義革命とともにナショナリズムが盛り上がり、帝国は解体されていく。1914年の段階では誰も予想できなかった事態が起きていた。
知らない歴史が書かれている。例えばバルト三国で終戦後にボリシェビキ革命に抗するためにドイツ人たちの義勇軍が派遣され、ボリシェビキと戦争していたこと、そしてそのドイツ人がかなり野蛮であったこと、そのため助けにを求めていた現地政府が逆にドイツ義勇軍を見放していくことなどだ。すでにゲリラの様相をていしており、誰が見方で敵かわからない状況で、村人たちを虐殺したりしていたようだ。
僕はドイツ軍は武装解除されていたのだと思っていたが、周辺国では終戦とはならず、動けるドイツ軍だけが頼りという状態だった
またボリシェビキにはユダヤ人が多くいたということもあり、ボリシェビキとユダヤ人を強く連想させるイメージが出来上がり、反ボリシェビキは反セム、反ユダヤの側面ももち、白軍がユダヤ人を虐殺することは珍しくなかったという。最終的にボリシェビキは内戦に勝つが、国内経済は疲弊し、それまで築いてきた工業化や経済力は失われてしまった。そのためロシア難民が西ヨーロッパに雪崩込み、とくにドイツには多くの難民が押し寄せる。そこで白系ロシア人は新聞や出版物でソ連を批判していく。
ミュンヘン・ソヴィエト(バイエルン・レーテ共和国)が創設されるが、あっけなく崩壊する。この事件はミュンヘンを反ボリシェビキに誘っていくもので、後年のナチズムへと繋がっていく。ボリシェビキの恐怖がファシズムを招いていく。
トルコとギリシャの戦争は、イギリスの後押しもある、一種の代理戦争といってもいいぐらいだ。セーヴル条約によって、少数民族問題を穏健に解決しようとする姿勢から遠く離れ、住民交換がトルコとギリシャで行われる。これってとても悲しい歴史。アナトリアやイズミルに住む正教徒はギリシャへ、そしてルメリアのムスリムはエーゲ海を渡りトルコへ渡る。国民国家の存続は民族の均質性によって担保されることを裏付けているかのようだ。
ウィルソンの民族自決は全民族に適用されるものではなく、戦勝国にとって利益になる場合に適用されていた。そしてこの民族自決によって諸国家の民族問題がでてくる。
19世紀からオーストリア、ドイツ、ロシア、オスマンの各帝国は民族問題を抱えていたが、それは民族国家を創り出すところまではいかず、あくまで帝国内での自治権程度でおさまっていた。また第一次世界大戦が起こったときでも、オーストリア帝国の解体までを想定はしていなかったし、望んでもいなかった。それがいつのまには民族ごとに国家を創り出すという話なっていたようだ。
本書の主張は非常に明快で、それは暴力の連鎖だ。1917年のロシア革命を契機に、それまでの帝国から民族に焦点が移っていき、そして反共産主義がヨーロッパの感心ごとととなっていく。1923年はローザンヌ条約が締結された年であると同時にヒトラーのミュンヘン一揆が起きた年でもある。ムッソリーニ、ヒトラーのファシズムの源流は、著者はこの1917年から1923年にあるいう感じでしょうか。
大戦が終了したのちも、各地では戦争が継続し、失地回復主義がヨーロッパ政治ではつきまとい、ドイツ、イタリア、日本は拡張主義へと走る。

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