2020/09/10

『ニュルンベルク合流――「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源』 フィリップ・サンズ、園部哲訳 白水社

ラファエル・レムキンとハーシュ・ラウターパクトの人生を描きつつ、自身の祖父の前半生を絡めている。正直言うと、祖父の部分は蛇足な気がしないでもないが、これはこれで貴重な家族史の掘り起こし作業として素晴らしい。
国際法については疎いので、「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の違いが当初はわからなかった。
レムキンからすれば個人を対象にした「人道に対する罪」では不十分であったし、ラウターパクトからすれば集団を対象にした「ジェノサイド」はあまりに曖昧なものだった。
レムキンは、ソゴモン・テフリリアンというアルメニア青年がアルメニア人と両親を殺した報復にオスマン帝国のタラート・パシャを暗殺した事件に触発されたようで、たしかにトルコ人を裁く法がないが、それでいいのかというのは当時の多くの人が持っていた気持ちだろう。
集団の絶滅、そしてそれは文化や伝統の破壊を防ぐための新しいルールをつくりだそうとレムキンはしていた。
「ジェノサイド」は個人の保護を危うくする用語であり、ある集団と別の集団と敵対させ同族意識を煽ることを懸念していた。
しかし、レムキンからすれば個人に焦点をあてることで、その暴力がどのようなものだったのか、ある集団になぜそのような暴力が向けられたのかという誘因を見えなくなってしまうところがある。
ここでなかなか面白いことが書いてあった。個人の責任と集団の責任についてで、フランクが裁判のときに集団の責任をもちだして自分個人に責任がないことを述べようとしていたようで、そこでドイツは今後ずっとその責任から逃れられないと。それにたいして他の比較は嘲笑ったようだ。なかなか興味深いエピソードです。
個人の保護と、極悪な犯罪に個人が刑事責任負うということがこれで判例になった。しかし「ジェノサイド」は採用されず、戦前の犯罪が無視されることになったが、ニュルンベルク裁判の後、1948年に国際連合でジェノサイド条約が採択され、1998年に国際刑事裁判所ができる。
ジェノサイドという概念にはいろいろと難題があり、ジェノサイドが民族アイデンティティにもありうるし、民族の溝を深める働きもある。しかし著者は留保付けながら、人間というのは集団でいきる生き物であり、集団と集団で戦争が行われてきていることを指摘している。

蛇足
知識としては知ってはいるが、ナチスによるユダヤ人虐殺、そしてその後の世代が引き受けた歴史を改めて読むと、ヨーロッパではナチスの問題が尾を引いていて、最近も当時17歳だった強制収容所の看守が有罪判決を受けていた。現在では90歳を超えている。こういうニュースを接するともやもやする。刑事裁判が行われることは理解できるのだが。『朗読者』でも、やはりもやもやしてしまう。
このもやもやを解消するには、ナチスを賛美し、現在の上記のような告発を批判するか、人権派になって擁護するしかない。
この裁判の意義は理解はできるが、なんか考えさせられてしまう。
フランクの息子のニクラスは父が絞首刑されたあとの写真を持ち歩いている。
あとラウターパクトやフランクが『マタイ受難曲』をSPで聞いていたようだだが、当時の録音は下記ぐらい。
ハンス・ヴァイスバッハ指揮 ライプツィヒ放送交響楽団
ウィレム・メンゲルベルク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ギュンター・ラミーン指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
どれだろうか。
それとユダヤ人であるラウターパクトが『マタイ受難曲』を好んでいたというのも、そうなんだーと思うところ。
受難劇では、イエスの弟子たち個人の罪と人間の罪が描かれて、バッハは見事にこの二つを音楽に昇華している。

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