美術骨董商下司安は、敗戦直後の不振期に大量の骨董品を二束三文で購入し、購入するために乞食のような生活をし続けてきた。
昭和三十一年ごろから美術ブームになり、下司安は乞食から億万長者になった。
にもかかわず、下司安は下司安でゆくつもりだった。
下司安は、金持ち相手に商売するために、知り合いの石松に案内され、バー「みお」にいく。そこで乱痴気さわぎを起こす。
「お前も知ってるとおり、小学校しかでへんでえ。せやけどな。酒、ちゅうもんが、酒屋に行ったら売ったァつりゅうことは、ちゃんと知っとる。ところがここへきたら、そのおンなじ酒が、十倍も二十倍にもなりよるわい。差額だけ下司うならなあ、損やないか。相手が暴利屋なら、こっちもその気でいく。」
「どうせわれかて、ドブ板育ちのくせに、舌噛むみたいな言葉使うな。上品ぶるのはわれの趣味かもしれんが、下司ぶるのは、わいの趣味や。どこの世界に、金まで出して人の趣味にあわせにゆくやつがあるかい……何とか物を云え。”空家の雪隠”かい」
「なんですの」
「肥(声)がない、ちゅうこっちゃ」
武田鉄矢の漫談みたいになってる。
下司というなら酒場のマダムもよっぽど下司で、浅はかな事大主義と金儲け主義があるだけじゃないか。下司安の下司は歴とした人生観がある。氷のような孤独がある。
下司安はバーから出入禁止となる。
下司安はマダムの白木恭子に恋したのでは思った。そこで趣味の菊の手入れをしていると、白いスーツを着た小柄の女性が通りかかる。石松の会社の受付をしている曾根
幸子だった。菊の手入れをしている下司安をよくみていて、声をかけてきた。
下司安が育てる菊は品評会でも格調が高いと評判で、しかも鉢は李朝の白磁ときた。
それを下司安は、そんなことを知らない幸子にその場でくれてしまう。
下司安は「みお」にいくと、うってかわって白木恭子は下司安をもてなすと、恭子は下司安が一億円の骨董品を持っていることを知ったのだとわかった。
恭子は投資で失敗をし、借金ができてしまった。そこで下司安に頼んでみると、あっけんく承知してしまう。下司安は恭子を妾にしたりとかではなく、すでに興味をうせていた。ちがう魂胆があった。借金を肩代わりするかわりに「みお」の前の庭に画廊を建てることを恭子に了承させる。
下司安は、幸子にあげた菊を見に行く。十一月三日に品評会があり、それにあわせて丹精に育ててきた。下司安は、どうも幸子に恋をしてしまったようで。
十日目、ベランダから菊は消えていた。幸子は嫁に行く日だった。
なかなかの話でして、司馬さんの小説の常ではあるが、男の純情みたいのをよく描くわけです。一方では女の薄情さを描いたりもするわけです。
おそらくは司馬さん、あんまり女性という生き物が好きではなかったと思われる。
別に、ことさら女の悪口をいうわけでもないのだけれど、にじみでてくる女性性の酷薄さを描くのがおおい。
たとえばこの作品。下司安の純情さとうって変わって、幸子は何も知らないながらも、菊と白磁を手に入れて、下司安には何も言わずに嫁に行っちゃう。
なんのことはないのだけれど、司馬さん、この幸子をたんに物を知らない女とか、純粋そうに描いているけれど、どこか薄情さを残しながら描写しているわけです。
これは司馬さんの女性の描き方にみられる傾向で、まあ読者が男どもを想定しているからというのものあるけど、にしても女性への歩み寄りは司馬さんはあまりしない。
まあそれはいいとして、これも面白い作品でありましたよ。
昭和三十一年ごろから美術ブームになり、下司安は乞食から億万長者になった。
にもかかわず、下司安は下司安でゆくつもりだった。
下司安は、金持ち相手に商売するために、知り合いの石松に案内され、バー「みお」にいく。そこで乱痴気さわぎを起こす。
「お前も知ってるとおり、小学校しかでへんでえ。せやけどな。酒、ちゅうもんが、酒屋に行ったら売ったァつりゅうことは、ちゃんと知っとる。ところがここへきたら、そのおンなじ酒が、十倍も二十倍にもなりよるわい。差額だけ下司うならなあ、損やないか。相手が暴利屋なら、こっちもその気でいく。」
「どうせわれかて、ドブ板育ちのくせに、舌噛むみたいな言葉使うな。上品ぶるのはわれの趣味かもしれんが、下司ぶるのは、わいの趣味や。どこの世界に、金まで出して人の趣味にあわせにゆくやつがあるかい……何とか物を云え。”空家の雪隠”かい」
「なんですの」
「肥(声)がない、ちゅうこっちゃ」
武田鉄矢の漫談みたいになってる。
下司というなら酒場のマダムもよっぽど下司で、浅はかな事大主義と金儲け主義があるだけじゃないか。下司安の下司は歴とした人生観がある。氷のような孤独がある。
下司安はバーから出入禁止となる。
下司安はマダムの白木恭子に恋したのでは思った。そこで趣味の菊の手入れをしていると、白いスーツを着た小柄の女性が通りかかる。石松の会社の受付をしている曾根
幸子だった。菊の手入れをしている下司安をよくみていて、声をかけてきた。
下司安が育てる菊は品評会でも格調が高いと評判で、しかも鉢は李朝の白磁ときた。
それを下司安は、そんなことを知らない幸子にその場でくれてしまう。
下司安は「みお」にいくと、うってかわって白木恭子は下司安をもてなすと、恭子は下司安が一億円の骨董品を持っていることを知ったのだとわかった。
恭子は投資で失敗をし、借金ができてしまった。そこで下司安に頼んでみると、あっけんく承知してしまう。下司安は恭子を妾にしたりとかではなく、すでに興味をうせていた。ちがう魂胆があった。借金を肩代わりするかわりに「みお」の前の庭に画廊を建てることを恭子に了承させる。
下司安は、幸子にあげた菊を見に行く。十一月三日に品評会があり、それにあわせて丹精に育ててきた。下司安は、どうも幸子に恋をしてしまったようで。
十日目、ベランダから菊は消えていた。幸子は嫁に行く日だった。
なかなかの話でして、司馬さんの小説の常ではあるが、男の純情みたいのをよく描くわけです。一方では女の薄情さを描いたりもするわけです。
おそらくは司馬さん、あんまり女性という生き物が好きではなかったと思われる。
別に、ことさら女の悪口をいうわけでもないのだけれど、にじみでてくる女性性の酷薄さを描くのがおおい。
たとえばこの作品。下司安の純情さとうって変わって、幸子は何も知らないながらも、菊と白磁を手に入れて、下司安には何も言わずに嫁に行っちゃう。
なんのことはないのだけれど、司馬さん、この幸子をたんに物を知らない女とか、純粋そうに描いているけれど、どこか薄情さを残しながら描写しているわけです。
これは司馬さんの女性の描き方にみられる傾向で、まあ読者が男どもを想定しているからというのものあるけど、にしても女性への歩み寄りは司馬さんはあまりしない。
まあそれはいいとして、これも面白い作品でありましたよ。
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