僕は前提として西浦さんには批判的。
「3密」の誕生とあるが、正直そんなたいしたことではないと思う。まあ言葉としては巧みだと思うが。でもこれがいかに日本社会を歪めているかを理解しているのか。コロナウイルスが飛沫や接触で感染するのは別段格別な証拠が必要なのかと思う。
風邪ひいたら、近くに寄らないというのは、多くの人に同意が得られることだろうし、閉じられた空間は喚起が良くないのなんて、あたりまえだし、なんだかね。
この3密という言葉は社会を壊しかけていることを何も考えていない。
日本がクラスター対策を重視している理由は、感染の仕方が二通り考えられ、一つはインフルのように一人の感染者がきちんとふたりずるに感染させるというのと、SARSのような一部の人がたくさん感染させるというもので、西浦さんたちは後者のSARSに近いものと考えて、だからこそ重点的なクラスター対策をとっていたようだ。でも欧米予想外の拡がりとなったので、どうも違うとなる。
日本と欧米の対策で、日本の優れているのは感染者の濃厚接触者に対するアプローチだけでなく、その場を共通の感染源となった場を見いだして、その場を共有した人たちをも追跡したことだという。
42万人という数字について、川端さんは二つの理由で西浦さんを擁護している。
一つは、西浦さんの計算はあくまでも「最悪の被害想定」であるということ、そして二つ目が被害想定の期間の問題で、終息までの期間なのだから、まだ42万人は有効期間内であるという。
そしてさらには42万人というのは、ファクターXの存在が明らかになり、仮に日本人が何らかの免疫をもっているなどが判明しないかぎりは、同様の関数となり、42万人という数字は変わらないという。マジかよ。これって科学というよりも神学ではないか。
ならば100万人でも1000万人でもいいじゃない。対策次第でゼロが一つも二つもとれていくってい、まあ至極普通のことを言っているけど、でもそれって多めに言っておけば成果が出やすいことでもある。
サラリーマンの社会でもまっとうな計算ではもっと少なくても、成果をでていることをアピールするためにも損を莫大に言ったりする。
基本的に西浦さんのロジックは、「感染症を止める」につきていて、それ以上でもそれ以下でもない。ウイルスの毒性云々はこの際どうでもいいような印象がぬぐえない。
またクラスター潰しが功を奏しているのかどうかも、正直どうなんでしょうね。
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