2020/06/04

『古文書返却の旅―戦後史学史の一齣』 網野善彦 中公新書

良書。
1950年、水産庁が漁業改革の面目で資料保存のために東海区水産研究所内に月島分室をつくり、のち財団法人日本常民文化研究所月島分室になる。宇野脩平はソ連のアルヒーフを目指していたという。
1954年、水産庁は時節柄、予算を打ち切り、月島分室には日本各地から集めた膨大な古文書残ってしまう。

宮本常一なども古文書を借りたまま返却をしなかったというのはなかなか興味深い。
日本歴史学の裏面史をみることができて、そして史学というのはけっこう地味な学問であることがよくわかる。古文書を集めて、修復し、目録をつくり、整理して、写真をとって、写本をつくって…となかなか地道ではないですか。
ぼくなんかあくまで歴史学の成果の表面しかなぞっていないものからすると、これは好きな人間じゃなきゃできないなと感じ入る。
みんな借りたものが返せず、心に傷を負っていたのもいいですね。
それと網野が水産庁の中央水研に資料の保存、整理などをする分室をつくる過程をみていると感動的で、行政を動かすだけでなく、行政側も積極的に動いていく過程というのがみえる。
組織を動かす、組織と仕事をするとは何かを見ることができると思う。網野さんもとうに「観念的な左翼」ではなくなっていたでした。
古文書の修復も、この返却作業から広がっていたという。東京大学史料編纂所の中藤靖之から技術を学んでいったという、なんとも地味じゃないですか、いいですねー。

古文書返却の歴史とは日本史学の歴史でもあることがよくわかる。そして網野史学の形成が垣間見られる。
網野の本はかなり影響力が大きく、歴史だけでなく哲学だとか文学などにも及んでいる。そして網野の史学の強みというのは、古文書を解読という基礎から成り立っているので、そんじょそこらの歴史アンチョコ本とは違う。
ぼくらは安易に網野史学を使うことは危険を伴うが、網野の場合、この基礎があってこそもの。

学問の地味さがいいですね。

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