2020/06/17

コロナ騒動について

いまのうちに現在のコロナ騒動について、ぼくなりの考えを書き留めておく。忘れないためにも、後日自分の考えが変わったりしたときのために。

まず、ぼくは新型コロナウイルスの蔓延で都市封鎖も外出自粛も反対の立場。
その理由は、社会は感染症を受け入れてきたのにもかかわらず、なぜ新型コロナは「やばい」と考えるのかがわからないからだ。日々発表されている数字を見ても、別に恐怖ではないはずだ。感染症はコロナだけではない。

飲食、接客商売もすべて行政の指示を無視すればいい。
政治や行政はバカだとかなんとか言う割には、なぜ行政が作成したガイドラインに応じるのか、意味がわからない。
北九州の小学校でクラスターが発生したとき、テレビで防護服を着た人たちが消毒液を散布している映像を流したが、なんと感性のない連中だろうと思った。学校関係者も同様でなぜ消毒液の散布を指示し許したのか。それによって子供が受ける印象を考えなかったのか。感染した子供への影響だとかも考えないのか。そんな感性の持ち主が学校を取り仕切っている。消毒液の散布なんかいるのかよ。本当に効果があるのかよ。
接客業やライブハウスのガイドラインを見てもわかるだろう。一読、バカがつくったのがわかる。そんなものに従うことはない。

いや、行政側もわかっているのかも、意味がないことを。でもやらなきゃやらないで、うるさいし、いい塩梅で適当な感じでとりあえず作成したり、対処すればいっかというところでしょうか。でも、それが世に広まって基準になったりするんで、ああーといった感じ。
ぼくが通っているジムではマスク着でないとだめだが、従業員もジムでマスクしたって意味がないことぐらいはわかっている。でも、やらないとなんかダメっぽいので仕方がなく対策をやっている感じですね。みんなハアハアしながら運動して、汗を拭いて、その手でベタベタ器具に触って、水を飲みたいからマスクの着脱は何度もして、またその手で器具触って……みたいな(笑)。
ガイドラインと現実とはかくもかけ離れたものでして、通常では、基準作りは現実に沿ったもので考えるべきだし、しかもジムしろレストランにしろ、多種多様な営業がなされている。飲食業だって形態はいろいろ、お店の間取りはいろいろ、一律のガイドラインを提示すること自体が不可能です。
ガイドラインは「指針」であって、「要請」でも「強制」でもないのだから、守る必要はない。

PCRをもっとやれというのも正直何を言っているのかよくわからない。ふつうは症状がでたら、確認のために検査をする。でも新型コロナでは無症状の人にまで広げている。理由は感染を広げないためだという。
そもそも無症状の人がどれくらいいるかもわからない状況で可視化することもできないのだし、クラスターを追うことにいかほどの意味があるのか。クラスターを潰したって潰したって、無症状の人が感染させるかもしれないなら意味ないだろう。
ウイルスはゼロにできない。しかももうすでに誰が感染しているのかわからない状況。クラスター潰しの意味はあるのか。
ちなみに、新型コロナの特徴は「無症状」が多いとかいう言説があるが、んなばかな。インフルエンザだって無症状はいっぱいいる。一般的にウイルス保持、菌保持していれば症状が必ずでると考えているのかな。バカが多いことだ。

気持ち悪いのは、医療従事者への、スパーだとか小売店、インフラ関係者への感謝とかいうやつ。
社会というのは、いろいろな人が支えあって出来上がっている分業社会なんですよ。
見えないところで、誰にも感謝されない職業なんて山ほどありまして、結局、医療従事者とか小売店というのはわかりやすいからにすぎない。あらゆる仕事を支えている裏方の裏方だっていっぱいあるのだよ。防護服をつくるため、資材、機械、メンテナンスその他もろもろ、多くの人が関わっている。
分業社会では、なくなってもいい職業もあるけど、なければならない職業というのも同時にないのだ。すべてが代替可能なのです。

公共空間で意味もなくマスクをしていることに反対。
ぼくは電車でもマスクしない。なぜかといえば、それがぼくの倫理だから。
おそらく周りがしているからなんとなくしている、しないと気まずいという理由で、マスクをするという人も多いはずだ。外に出れば、猫も杓子もマスクしているのが異常に思える。
少しづつだけど、マスクをしなくてもいいんだという人を増やす意味でも、ぼくはマスクをしない。
周りの人に感染させるかもしれないだって? そんなもの社会生活をしていれば当たり前のことじゃないか。風邪だって誰かからもらってくるものだ。それで死んだって誰の責任でもない。それが人間の社会だろう。いちいち責任論を持ち出すな。

とくに欧米では、けた違いの死者がでているが、これはなぜなのかが疑問。欧米とアジアを比較すると明確で、衛生観念の違いで説明できる範囲を超えている。BCG仮説、遺伝、人種などの説明が有効かと思う。
アジアの政策が優秀なのではなくて単に欧米の上記の理由以外での社会構造などもあるかとも思う。
アジアが特別なのではなくで、欧米諸国が異常なのだ。

西浦教授は責任があるだろう。彼が日本におけるバカ騒ぎの引き金の一つだからだ。たしかに政治家が煮え切らなかったところもあるだろうが、でもその煮え切らなさがよかった。
西浦さんは良心に則り8割削減を訴えたのはわかるけど、その良心が問題でもある。科学者のコミュニケーション問題も明らかになった。西浦さんは国民を信頼しすぎている。国民の8割はバカであることを忘れてはいけないし、個人とは別に集団心理というものもあることを知らなかったのはまずい。

安倍ちゃんはメディアでの政権批判に負けることなく、のらりくらりと対策を緩やかにやっていた。意図していなかったのかもしれないけど、ぼくは安倍ちゃんは真の政治家だと初めて思った。世論に負けることなく舵取りをしていたからね。
いま現在も、はっきりとしないコロナへの姿勢は、ぼくはかなりいい感じだと思う。
こういう時、生き生きと何かを語る人間は信用すべきではない。そういった面でも安倍ちゃんは冷静だし、記者会見で原稿を読みながら語るなんて悪くないと思う。
総理大臣に勇気づけてもらいたいとか、もっと安心感がほしいとか言っちゃってる奴は民主主義の敵だから選挙権を取り上げるべきだ。

感染して、死んでも、諦める。ぼくらはこれまで病気とそうやって共存してきた。
インフルエンザで肺炎が多くなっても都市封鎖も外出禁止もしなかった。
感染症対策をやめろというのではない。過剰に騒ぐなというだけ。日本政府がコロナに関する感染者や死者数を仮に誤魔化していたとしても、大した数ではないだろう。
ミクロで見れば個別の悲しみは存在する。肉親がコロナにかかり肺炎になって死んだとかね。でもね、そんなミクロな話だけでマクロを語るな。ミクロな話を続ければ、我々の社会は消滅しますよ。

コロナが未知だからっていう奴もいるが、バカ言うな、未知のウイルスや病原菌なんてコロナだけじゃない。しかも未知なものなんか、ウイルス以外にも山ほどある。
そもそも未知のものを恐れるって、思考としてだめですね。
知らないのに怖いって、それはバカということです。ぼくはコロナウイルスを知らないから怖くないのです。

ということで、ぼくのスタンスはコロナなんてどうでもいいと考えている。
コロナ騒動は間違いなくマスメディアの罪だ。朝から晩までコロナを報道する。しかも内容は暗いBGMに暗いナレーションで……。
テレビの報道は、醜悪だった。
んで、よくわからないのが、そんなワイドショーや報道番組の影響力が、こんなにも大きいということだ。
いや、大きいと錯覚しているのかもしれない。
Twitterを見れば、コロナを怖がっている人やワイドショーを鵜呑みにしている人を簡単に見つけることができる。冷静に考えれば、こんなのただのノイズなんだが、SNSの恐ろしいところは、「世論」を形成していると錯覚してしまうところだろう。リツイートが100ぐらいあれば、なんか集まった感があるし、でもそんなの類は友を呼ぶで、大したことはないんだけれど。
SNSやメディアの少数の意見が循環し、増幅している感じでしょうか。まどか☆マギカの「円環の理」みたいな。

ぼくは自民党支持でもないし安倍ちゃんを基本的には支持しないけど、バカな野党のポピュリストがトップでなかったことに良かったと思っている。

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