2020/12/08

『おもかげ』 浅田次郎 講談社文庫

んー、なんかとっても微妙な感じ。娘婿の言葉遣いとかわざとらしいし、とっても単純な人間として描かれている。
ただ主人公やかっちゃんが、場面場面で若返ったりするのはなかなかいい。『おもひでぽろぽろ』的な感じがするし。
僕には地下鉄をそこまでノスタルジックに思えるほどのものではないのが残念。ただ地下鉄が記憶を掘り起こすというメタファーは悪くはない。地下に潜っていくというのは、ある種の記憶の回帰だし。

浅田さんは文章がうまいから、一つ一つの場面の状況が目に浮かぶようなんだけどね。
浅田さんのえらいところは、主人公の不遇を具体的に描かずに読者の想像にまかせているところでしょう。人間、生きていれば嫌な思い出があり、それと浅田さんの小説と重なり合ったりして、感情移入がしやすい。いわば、日本の土壌に慣れ親しんだ者でなければ、この小説を楽しむことはできない。サラリーマンの悲哀だとかね。こういうのを言葉や文章にしないで、わかるだろ、と迫ってくるように書かれている。なかなか憎いやり方です。
だいいち冒頭で、主人公の同期入社で社長になった堀田がきちんと登場するのは、最初だけ。そのあとはほとんど登場しない。これもなかなかいい演出。いろいろと想像をめぐらせることができるし、現代のサラリーマン諸君にも心当たりがあるだろうし、こういうのを下手に具体的な回想だとか、交流だとかを描くと、逆に感情移入を阻害するものになってします。
良くも悪くも、浅田次郎の小説というのは抽象性によって成り立ち、なんら具体性のない世界観を提示している。だからこそ多くの人の心をうつものでもある。
ただ浅田次郎はやっぱり短篇にかぎるなあと改めて思うわけです。浅田さんの長編はいくつも読んでいるけど、どれも途中でお腹いっぱいになる。北方謙三的な感じで、感動のインフレーションが起こっており、陳腐になっていく。短篇であれば、感動もハイパーインフレを起こさずに、コンパクトにまとまり、読後感のさっぱり。

ラストは過去と和解する。浅田さんは、とっても優しい方でどうぢようもない状況に立たされた人に手をさしのべていく。峰子の境遇は悲惨であるが、子供を地下鉄に置き去りにすることで、救われる。これはつまらない道徳からすれば、唾棄すべきことのように思うが、それでも子供は育つというもので、もし捨てなければ親子ともども死んでしまう。
未来を選択するというのは、そういうこともあるんだと。

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