2017/12/09

人はオピオイドでは死なない。無知だから死ぬのだ。

人はオピオイドでは死なない。無知だから死ぬのだ。


Scientific American, November 2017, ‘People are not dying because of opioids’

最近、オピオイドが関係した、多くは白人の姉妹兄弟たちの死が大きく話題になり、ドナルド・トランプはオピオイドの問題を国家の緊急危機だと断言している。そして多くの時間と労力とお金をオピオイドにつぎ込むと誓っていた。なぜなら「未曾有の深刻な危機」だからだと言うのだ。
これは間違いだ。1960年代後半にヘロイン危機が同様の流行のなかで繰り広げられていた。しかし、メディアではヘロイン中毒者の顔は黒人で、貧しさが漂い、自分の地域の人達を養うためにケチな犯罪を繰り返すことを生業にしているといった感じだった。一つの解決策は使用者を締め出すことだったが、特にニューヨークの悪名高きロックフェラー薬物法の可決後はひどかった。2000年代初頭までに、この法の下で有罪判決を受けた90%以上がラテン系や黒人で、彼らが代表するほんの少数の使用者と比べても不釣り合いだ(out of proportion to the fraction of users they represented.)。
オピオイド危機が緊急事態と宣言することは主として法執行のための予算を増やすことになり、ありきたりな人種差別を助長させる。最近の国のデータは、ヘロイン密輸のかどで有罪判決をうけた80%以上が黒人かラテン系で、たとえ白人が他の集団より高い割合でオピオイドを使っていても、同じ人種集団の中で個人売買によって薬物を入手していたとしてもだ。
大統領はオピオイド危機を「世界的な問題だ」とも言っている。そんなわけない。オピオイドが次第に利用可能になっているヨーロッパやその他の地域全体をとおしても、アメリカと同等の比率で人は死んでいない。大きな理由として中毒者を犯罪者とは見ずに、社会の公衆衛生の問題として見做しているからだ。
確かに単にオピオイドの大量摂取で死ぬことはある。しかし、これはオピオイド関連の死の内で少数を占めるに過ぎない。多くはオピオイドと他の鎮静剤(アルコールなど)やアンチヒスタミン剤(プロメタジンなど)、またはベンゾジアゼピン(サナックスやクロノピンなど)を併用することが死亡してしまう主な原因だ。
人はオピオイドで死ぬのではない。無知だから死ぬのだ。
フェンタニルのような合成オピオイドが少なからずあるがそれはヘロイン同様に気分の高揚を生み出すが、かなり多くの成分からなっている。悪くすると、いくつかのメディアの報道によれば、不法ヘロインはよくフェンタニルが混ぜてあり品質が落とされているようだ。もちろん、これは問題で、死に至るものだ。というのもヘロインユーザーは、その物質がヘロインだけであることは疑っていないのだ。
ある一つの解決方法は、無料の出所不明の薬物純度検査を行うことだ。もしあるサンプルが混ざりものを含んでいるなら、使用者は報せがくる。このサービスはすでにベルギーやポルトガル、スペイン、スイスのような国で存在していて、まず目標として使用者を安全にさせることだ。行政は、ストリートドラッグを没収したどんな時でも、このテストをすべきだし、潜在的に危険な混ぜ物が入っているならば、使用者に知らせるべきだ。加えて、オピオイド過剰摂取への緩和剤であるナロキソンはもっと十分に製造されるべきであり、救急サービスにだけでなくオピオイド使用者やその家族や友人にも利用可能であるべきだ。
ほとんどのオピオイド使用者は中毒にならない。もし白人で、男性で、若く失業しているなら、そしてもし同時に精神障害を持っているならば、使用者が中毒になる可能性は増すのだ。だからこそ、単純にオピオイドを撲滅させるような非現実的な目標に集中するのではなくて、治療に向かう患者の綿密な評価、これらの要因に特に注意することは重要なのだ。
スイス、オランダ、デンマーク、ドイツのような多くの国では、オピオイドの治療はヘロインを日常的に注射することを含んでいて、それは糖尿病の治療で、患者の医学的、精神医学的な問題を扱いながら、日々インスリン注射をしているようなものだ。患者たちは職を持ち、税金を払い、長生きをして、健康的で生産的な生を送っている。しかし、アメリカではこのようなプログラムが議論されてこなかった。
20年間、初めてヘロインを試すアメリカ人の人数は、あまり変わっていない。ヘロインの使用は特別、オピオイドの使用は一般的というのは意味がない。これは薬物使用を支持しているのではなくて、経験的な証拠から現実的な状況判断だ。政治家からの無知な言説でオピオイド危機に取り組むことと公的な金を不適当な使い方をされることは、使用者の安全にはまったくしない。一度だけも科学に則った、うまくいくことが証明されている介入をためすべきでしょう。


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Scientific American11月号からの記事。
有名人の薬物使用の報道なんかみていると嫌な感じだ。報道のリンチが毎日繰り広げられることになる。薬物使用は日本の法を犯しているにすぎず、道徳的・倫理的に悪かどうかなんて答えられない。なぜなら、薬物を使ってはいけない理由は、その人の人生を狂わせるからにすぎず、または暴力団等へ資金が流れるからというにすぎない。
世の中には薬物の乱用で苦しんでいる人がいるかもしれない。そういう人たちへの社会の不寛容はすさまじい。この「社会」とかは、何を意味しているのか。メディアなのか、実体のある人間やコミュニティを指しているのか。本当に不寛容なのは誰なのか。
僕はメディアだと思う。メディアが騒ぐだけだ。メディアが社会を代弁していると錯覚しているのか、便宜上言っているのかわからないが、薬物に苦しんでいる人がいるなら、その人を非難するのではなく手を差し伸べるものなんだが、メディアはそうしない。

ハーム・リダクション(harm reduction)という考えがある。この記事でも紹介されているように薬物を撲滅できない以上、使用者の安全を考えて、安全な薬物の使用を促したり、中毒者は急にはやめられないので、徐々に使用量を減らしていったりさせる。
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