ここでトルストイの明確な歴史観が登場する。
不可知論を展開する。戦争の原因がナポレオンなのか、アレクサンドル一世なのか、どうやって決められるのか。なぜ戦争で多くの人が死ぬのか、それは皇帝や敵や貴族たちが狡猾だからなのか。そんな理由で大勢死ぬのか。
「われわれ後世の者、それも調査探究の過程に現を抜かす歴史かではなく、それ故に曇りのない良識をもって出来事を省察しようとする者たちには、事件の原因は無数に感じられる。」(15)
何が原因なのかなんかわからない、ということだ。それを歴史家たちは偉人、英雄に歴史の事象の原因を当てはめていく。だが、歴史はそんな単純なことではない。
トルストイは運命論を説く。
「人間はそれぞれ自分のために生き、自分個人の目的を達成するための自由を享受し、今自分はこれこれの行為をすることもしないこもできるのだと、己の全存在で感じている。しかしいったんsの行為を行ったとたん、時間軸上のある一点でなされたその行為が後戻りできなぬものとなり、歴史の所有物となってしまう。つまり歴史の中でそれgは自由ではない、あらかじめ決定されたものとしての意味を持つのである。どの人間の生にも二つの側面がある。一つは個としての生で、これは関心が抽象的であればあるほど、ますます自由である。そしてもうひとつは自然の諸力に支配された群れとしての生で、そこで人間はあらかじめ自分の定められた法則を否応なく遂行せざるを得ない。」(18)
歴史の歩みははるか以前から決まっているのだ。「王はすなわち歴史の奴隷である」(19)
アウステルリッツの空の思想を忘れる。
悲しみは神が遣わすもの、人間が遣わすものではないわ、とマリヤ。(82)
なんというか、どこまでいっても運命論ではないか。
さらにピエールは数秘術をこねくり回して、ナポレオンと自分の名前から666をはじき出し、運命を感じてしまう。ピエール、なんとまあご都合主義な野郎だ。
ナポレオンの足音が聞こえる。
ペーチャは若気の至りで、勇ましく、そして軍隊に憧れ、アレクサンドル一世にあこがれる。これはかつてのニコライではないか。
禿山へとフランス軍が近づいてくる。老侯爵はますます意固地になり、終いには義勇軍を結成するが、卒中を起こしてしまう。マリヤに連れられて、モスクワへ行こうとする。老侯爵は死に際、家族愛に目覚める。そこで農民たちの反乱が起こったり。とりあえずニコライがやってきて、マリヤたちを救う。新しいロマンスの始まりとなる。現金な奴だ。
「モスクワ、この巨大な帝国のアジア風の首都、アレクサンドルの民の聖なる都市、中国の仏塔のような形をした無数の教戒のあるモスクワ!」(281)
スモンレスクから運び出されたイコン、、聖歌隊の面々、それらを取り巻く民衆たち。
クトゥーゾフの金言。
忍耐と時間。これらがすべてを解決してくれる。(371)。そして二つの意見がぶつかり合う時、どうすればいいのか。迷ったときは、じっとしていることだ、と(372)
んーこれはトルストイ的な考えだ。トルストイはクトゥーゾフにはかなり好意的だ。クトゥーゾフだけが戦争の動き、歴史の動きを理解していたという。
この感じはアンドレイにも伝染する。ピエールとアンドレイとの最後の会話で、優秀な指揮官とは未来を予見する指揮官だとピエールは言う。しかしアンドレイはここで反論する。それは無理だと。戦争はチェスではないと。(444)。
とここでかのクラウゼヴィッツがちょろっと登場したりする。
アンドレイはどこかやけっぱちになる。
「僕は一八〇五年に騎士道も軍使交渉も目撃したが、あちらもこちらも互いに騙しあっていただけだ。他人の家のものを奪い、偽札をばらまき、そして最悪なことには、こっちの子供を殺し、父親を殺す。そうしておきながら戦争の規則を語り、敵への寛大さを語っているのだ。だから捕虜なんか取らずに殺し、こっちも死ぬ覚悟で戦うべきだ! この僕みたいに、さんざん苦しみをなめていて今の境地に至った者は……」(452)
アンドレイは負傷し、手術を受ける。痛みで気を失ったり。そこでアナトールを見る。たまたま同じテントにいた。アナトールは脚を切断されたところだった。アナトールの悲痛を聞く。アンドレイは悟る。
ナターシャへの愛おしさがこれまでにないほど満たされ、敵に対する同情と愛を呼び起こす。アンドレイは感動に震える。
「同胞への、愛する者たちへの同情、愛、われわれを憎む者たちへの愛、敵への愛、そう、それこそまさに神が地上で説いた愛、妹のマリヤが俺に教えようとして、俺が理解できなかった愛だ。まさにこの愛のために俺は残されたものなのだ。もしも生き残ったならば。だが今はもう手をくれ駄。俺には分かっている!」(546)
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