2020/11/05

『孔丘』 宮城谷昌光 文藝春秋

人こそ宝である、という信念の上に孔丘の学問がある。ゆえに孔丘の思想は温かい。(398)
宮城谷さんはよく書いたな。小説という形をとりながら、論語などの解釈を一つ一つ丁寧に開陳している。
たとえば、「不惑」は、孔子が周文化こそを思想の基底に据えることに確信したことだとしている。それが四十歳。
五十歳で天命を知るとは、斉を去り、魯に帰ることになったことを言っていおり、孔子にとって斉での就職活動の失敗から、一気に巻き返すことができるチャンスの到来が巡ってきたということだ。
こういう解釈もひとつひとつがおもしろい。
他にも孔子が「君子もとより窮す、小人、窮すればここに濫る」で子路が孔丘の独尊ぶりにいらだっているところだとか。聖人君子でも、飢えているときにこういうこと言われたら腹がたつものでしょう。

人間孔子の実像にけっこう近いのではないかと思う。
儒家が葬儀を司る集団だったところから書く。
孔子が革命的なところは何か。
礼を貴族だけでなく人間一般にまで広げたものとし、礼を政治的なマナーから人間の権力関係一般にまで広げたことか。
孔子は基本的に、政道にかかわる役職にないものが、政治をを批判することを驕りと考えている。きちんと地位を得てから行うべきというのが孔子だ。
そして徳において勝たねば、ほんとうに勝ったとはならない。正義には徳が必要であるとする。孔子にとっては人格的成熟や倫理的な姿勢をさしている。
「民を導くには徳を以てし、民を斉するには礼を以てするのがよい」。ここに人間の自立と他者との調和という孔子の根本的な思想を見出ししてる。
そして孝は徳の基本であるとする。このあたりが、なんかモヤっとするとこでしょうか。
国が乱れないため、無暗に下克上が起きないように、礼をもって国が統治される、っていうのは特権階級の温存でしかないと思いがちだが、実際は政務と執り行うものは専門家であるべきだという、いたってふつうのことを主張している。民主主義の世の中だと、パンピーでも政治ができると錯覚してしまうが。
ただ孔子は理想主義であり、あまりに現実離れはしている。国を乱さないために礼を普及させるというのは、いかにも人間に期待しすぎている。
しかしだからこそ「大いなる時代遅れは、かえって斬新なものだ」」(359)

たしか宮城谷さんの『太公望』だったと思うが、本書でも「天」についての考察が書かれていたと思う。殷は神々を占有し、そして自らを帝とし、神政を摂った。周はその帝を再度元の位置にもどした。天帝にかわる形而上的な存在、それが「天」であると。象はないが意志はある。天は自己規律の大本となった。
孔子は晩年に易に熱心になったというが、天命に従うというを、ある種諦念のようなものとして描いている。

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