2019/12/31

「盗賊と間者」司馬遼太郎短篇全集二

佐渡八は顔の右半分の肉が削がれて、眼のくぼみさえなかった。左頬からあごにかけて、するどい刀傷があった。佐渡八は腕のある泥棒だったが、厳戒態勢の京で捕まってしまう。与力の田中松次郎は佐渡八を買い、裁かずに解き放ってやる。佐渡八はこの時の恩を忘れずにいた。そして釈放のとき清七という若者を連れていくように言われる。
佐渡八は、泥棒をやめてうどん屋をはじめる。そこに新撰組が現れて、壬生の屯所での営業を許される。
清七に連れてこられたおけいは一緒にうどん屋を手伝う。清七とおけいは長州の間者で新撰組の同行を監視していた。
山崎烝が登場する。
「うどん屋。どうもわしは、むかしお前の顔を見たおぼえがある」
「なあんや。あほらし。貴方さんは、針医の赤壁堂の留右衛門はんやないか。いつ転業しなはった」
「気安う言うな。いまでは、会津中将様御支配新撰組副長助勤の山崎烝といえば、京では知らん者がないはずや」
「よりによってみぶろになるとは、ようお父つぁんが承知しやはったな」
「それが耿々一片の氷心というやつでな」
「なんです、それは」
「武士やないとわからん」
「針やが武士かい」
「こいつ」

長州の間者であることがばれてしまい、三人は逃げる。
おけいが佐渡八を頼ってやってくる。そこでおけいは佐渡八と一緒に暮らしたいと告白するが、佐渡八はそれを拒絶する。
維新後、清七とおけいが訪ねてくる。清七は一山あて、逆に新撰組の連中ははずれをひいた。
佐渡八はおけいに恨み言を言われながら、おけいには物味遊山のようにぶらぶら生きるのがいいと、負け惜しみをいう。

新撰組の哀しみがよくでている。百姓町人が旗本、大名になるべく新撰組にはいったり。そして逆に官軍側の軽薄さというのも清七をとおして描かれていて、なかなかいい。
このころの司馬さんはまだ英雄を題材にしていなくて、市井のひとびとを扱っている。
佐渡八の人物描写なんか、非常に優れているとおもう。